人間は「噛む」という恐ろしい武器を持っている。だから武術では寝技をしてはいけないんです。|第一回(前編)
『巌流島ルール』を決めるポイントは何か?
現在、『巌流島』サイト上で活発に議論されている「巌流島のルールを決めよう!」。巌流島実行委員会のメンバーの皆さんのご意見もできる限り紹介していきたいと思っております。第一回目は倉本塾の倉本成春塾長にお話しをうかがってきました。倉本先生が考えるルールを決める基準とは? そこには、ルールを確立していく上でのヒントがたくさん隠れています!
(聞き手/谷川貞治)
やってはいけないことを定めていくことがルールになる!
—— 今回、新しく始める『巌流島』のイベントは、これまでのキックボクシングや総合格闘技とは違う新しい格闘技コンテンツを作ることが、もう一度格闘技界を盛り上げ、夢を与えるものになるのではないかと考えています。そこで、仮のルールを作ってファンの方達とディスカッションしながら、最終的にルールを決めて、実際に試合をやってみて、面白かったり、面白くなかったり、危なかったりとかいろんなことが出るかと思うんですけど、そういうことを重ねながら新しいコンテンツを作っていこうとしています。まず、倉本先生はこの『巌流島』ルールについて、個人的にどう思われますか?
倉本 まず、究極の反則技はなんだと思いますか?
—— は、反則技ですか? 汚いことをやるというか、意表を付くような精神的なことですか?
倉本 いや、人間の武器として、最大の効果を発揮する反則技で、です。
—— 金的とか、目つぶしとかですかね。
倉本 違います。それは難しい技術がいるもので、誰もが使えるものではありません。
—— あー、というと頭突きですか? 頭は硬いので。いや、噛みつきかなぁ。
倉本 そうです。人間も動物の全ての要素を持っているんですね。それで動物というのは基本的に「噛む」んですよ。噛むという、恐ろしい武器をもっている。ただそれがルールという中で制限をされているだけなんですね。だから、噛むというのは人間の一番怖い反則技としての武器なんです。
—— なるほどぉ。人間の究極の反則技は噛みつくことかぁ。
倉本 谷川さん、人間は噛みついたら、簡単に人を殺せますよ! 子供でも、女の子でも、動脈を噛みちぎったら、血は止まらない。手当が遅れたら、出血多量で人は殺せます!
—— こ、殺せる! 先生はそんなことまで考えながら、喧嘩というか、実戦をシミュレーションしているんですか?
倉本 もちろんです。それが武術だからです。だから、寝技の攻防にはならない。寝技になってはいけない。立ってても、まず噛まれないような体勢を作ろうとします。首に腕をまわしたりとか。倒して抑え込むということは「噛んで下さい」と言っているようなものですよ。それがもしのど仏なんか噛まれたら、間違いなく殺されます。例えば、小学校3年生くらいの女の子、まったく力のない子がいるでしょう。この子達でも本当に噛んだら身がちぎれますからね。そりゃそうでしょ。例えば6,7歳になったらそこそこ固い物でも噛み砕くじゃないですか。噛むという力は、そのくらいの力をもっているんです。なんの運動もしていない、筋力の隆々としていない幼子でも噛むという力はもの凄くある。ましてや大人だったらどれほどの力でしょうということです。
—— 「噛む」から、寝技にはならない!
倉本 寝技をしてはいけない、ですね。例えば簡単な話、打撃しか知らないとします。空手でもそうですよ。昔の空手には離れてよし、打ってよし、蹴ってよし、投げてよし、絞めてよし、極めてよし。何でもありみたいにいってきた。だけどよくよく考えてみると、稽古体系にそれがないわけですから、そんな技術は身につかない。キックボクシングにしてもボクシングにしても組み技の「く」の字も知らない人は、例えばつかまったり、自分がつかんだり、組んだり、組まれてもどうしていいの分からない。そうすると、もし組み技をやったことのない人間が、オリンピッククラスの人間と組み合いになって倒されて、抑え込まれたら、やられるしかない。それはルールだから仕方ないんだけども、ルールがなくて、そこから脱出しようと思えば、噛んでしまうのが一番よいんです。第一噛むすべしかないじゃないですか。そこから離脱する、そこからの返し技を知りもしないわけですから、バチャンと決まってしまえば、もう骨が折れたり、息が出来なかったり苦しんだりするだけでしょ? そうしたらそこから脱出しようとしたら、噛むしかない!
—— なるほど。例えば三角絞めとか腕ひしぎとかあるじゃないですか、それは噛むという行為があったら、相手は一切できないものですか?
倉本 そりゃ、できんでしょ。噛んで下さいという行為ですから。
—— そもそも寝技は実戦を想定した場合、複数の集団戦になると危険だという指摘を度々聞いて来ましたが、個人戦でも噛む行為があれば簡単に寝技にはいけないですね。
倉本 しかも、人間の身体には表と裏がある。身体の内側、腕の内側とか太股の内側の裏の部分には基本的に動脈が流れている。そこを噛まれたり、ちょっと傷ついたら、出血多量でショック死する。だから、人を本当に殺そうと思えば、脇の下とかをナイフで切ればいい。そうしたら助からない。病院に行って止血をしなかったら、少しの間ほっとくとショック死します。私はそういうところが詳しいので、この人は自分より腕力があって、パンチテクニックはたかがしれているけれども、組んだりつかまったりしたら厄介だなと思ったら、頭の中で(考え方を)切り替えますよね。もし、その状態になったら、何も恐れることはない。組んでくれたらもうけものだと。噛みちぎってしまえと。そういうことです。三角絞めなんかは、噛まなくても私は返し技を知っているから、少々(相手の)力が強くても首の骨を折るようなことをします。まあ、そんな反則技は命のやり取りでしかやりませんけども、皆さんは返し技を知らなさすぎるんですよ。展開は知っている。この技をかけながらこっちにいくとかはね。この技をかけるために、こういうふうにプレッシャーをかけて、この技に到達するとかね。そういう展開は知っているけども、それしかしらない。いわゆる命のやりとりの中での返し技というのを、皆さん習わないし、研究しないから、安心して技の掛け合いをしているということなんですね。
—— 競技としての技の掛け合いということですね。
倉本 そうですね。だから、三角絞めなんかは相手の内ももがここ(顔のところ)にくるわけですから、ガバッと噛んでしまったらいい。
—— 恐いなぁ〜。でも小学校一年生でもかみ殺せるわけですよね。
倉本 そう考えたら、簡単に組めないし、競技としての寝技には行けなくなるものです。
—— 噛むか、噛まないかって、たいていの人は噛まないと思いますけど(笑)、噛むという行為があったら、確かに危険でいけないですよね。
倉本 危険ですよ。まして相手が2人おったら、自分が倒れるというのは自殺行為ですから。賢い寝技をやる人達は実戦の中だったらそんなことは絶対にしませんって言いますね。人間というのはルールなしでやったらあらゆることが可能なわけですから、自分が得意なものが最後の結果(=フィニッシュ)になるとは限らない。昨日もちょっと教えたんですけど、首をロックする、別にのどに腕がいかなくても、鼻の上に腕をからませておいて、そのまま空間を作って、ある方向におしていくと、ギブアップしないと危ない状況におちるという技の展開もあるんです。噛まれないためにそういうことを考えますよね。
—— 先生、常に噛まれることを考えているという(笑)。
倉本 そう。第一、ボクシングでもサッカーでも噛むヤツいるじゃないですか。クソーってこれ以上やられるとシュートされるってなって相手の肩を噛んで罰金払った選手いるでしょ。タイソンだって噛んだし。人間というのは、極限じゃなくてもヤバいと思ったら本能にピーンっとスイッチが入るんですね。
競技化は、何ができるを決めるのではなく、何をしちゃいけないかを決めるもの
—— 動物だから本能で噛むってことですね。
倉本 噛みます。犬であれ、ドーベルマンだって歯を抜いたら怖くも何ともない。虎の爪をぬいといて、牙もぬいといて、よしこい!っていったって、(そんな状態なら)なでてあげるしかないでしょ。だから、武術の競技化は難しい。その競技化をしていく上で、何が大切だと思いますか?
—— 何が大切か? 今回の『巌流島』はできるだけ全ての格闘技に公平なルールをと考えていますよね? 打撃系の人には打撃で勝てるように、柔道の人には投げで勝てるように。相撲の人には押し出して勝てるようにと。
倉本 違いますね。競技化というのは、何ができるを決めるのではなく、何をしちゃいけないかを決めるものなのです。
—— ああ〜、反則を決めることが競技化だと。
倉本 そうです。あらゆる競技の、まあ、法律なんかもそうですけど、“これをやっていいよ”っていう言い回しはないじゃないですか。殺すことなかれ、盗むことなかれ、など“やってはいけないこと“で法律が定まっている。人間は性善説云々ではないんですが、私なんかは気が弱いから人を殺すなんてことはできませんけども、自分の苦境に陥った時の脱出方法となると、やってはいけないことをやろうとするわけですよ。ですから、世界のあらゆる競技というのは、剣の世界であれ、例えばボール競技であれ、なんでもそうですけど、反則という法律を決めることで競技を成り立たせている。サッカーにはオフサイドがあるでしょ? あれ、オフサイドがなくて、そこで待っておいてシュートしていいよってなったら、これほどつまらない競技はない。だから、やってはいけないことを定めているから、その中で切磋琢磨してゲームというのは面白くなるんです。もっと手っ取り早く言えば、やってはいけないことを定めていくことが基本的にルールになる。世の中の流れによって、競技によっては7年に1回とか、10年に1回とか、あまり制限するとつまらないから、少し緩やかにしませんかという意見が出る中で、ルール改正をするわけです。逆に全部ダメとすると競技が成り立ったとしても、おもしろみが半減するとなれば、ルールを改訂するしかない。見る側の世代の交代の中でそれを求められるんですね。
—— 僕らが『巌流島』サイトでやっている議論の中では、ファンとかはやっていいことを語ろうとしています。そうじゃなくて、競技のルールを決める時には反則技を決めるべきだと。というと、反則を決めることで、異種格闘技戦も有利不利が出てくるというわけですね。あの仮のルールをパッとみた瞬間、先生は何が強いと思われましたか?
倉本 突進してくる力の強い人、組んで外に放り投げる技量が勝っている者、そういう人があの設定の中では最も有利に働きますね。なぜなら、それが反則になっていないからです。
—— 相撲が強いと?
倉本 相撲が強いというよりも、何が強いという言い方ではなくて、例えば、突っ込んでくる、バカみたいに突っ込んでくるだけではなくて、相手が少し動こうとしてもそれをつかまえながらつっこめるような能力をもった人間が遙かに有利に働くだろうということです。
—— 土俵作って外に突き出すことをやってはいけないとは書いてないので、そうなるとみんな突き飛ばそうとしますかね?
倉本 そりゃ、するでしょう。パワーがあって突き飛ばしたり、吹っ飛ばしたりする自信がある人は、それをしない手はないでしょうね。パンチというのは、人間の本能でできるものなんです。上手下手はべっこにして。でも組み技を知らない人間に三角絞めをやりなさいと言ったって、何をどうしたらいいのか分からない。袈裟固めをやりなさいと言われて、なんか聞いたことあるけどどんなんだったかなというのと一緒ですよ。いわゆる組み技、寝技、関節技しか知らないといっても、人間は殴ったり蹴ったりすることは(本能で)できるわけですから、殴られないようにして突っ込む方法はひとつ、ふたつありますから。いくらボクシングの世界チャンピオンクラスでも顔を隠して突っ込んできたら、当てられるものではない。それはだいたいのレベルに来ている人は分かっているはずですよ。来た時に何回か外に放り出したら勝ちよってなっていたら、誰が殴りにいきます? 放り出すほうが早いでしょ。体力に自信がある人なんかは。
—— なるほど。では、相撲とかラグビーとかアメフトの選手がこの仮のルールだと強いのでしょうか?
倉本 強いというよりも、有利だということですね。強いとはいえないので、有利か不利かということなんです。そうすると、有利だといったら、有利になる展開をやろうとしますよね。そういうことです。
—— 突き飛ばすという行為は実戦では重要なのでしょうか?
倉本 大事でしょうね。
—— 大事ですか。ストリートファイトやケンカになった時はパンチとかキックよりも突き飛ばすほうが大事になってくるんですか?
倉本 突き飛ばすと、突き飛ばしたほうは殴られにくくなりますから。人間というのは、ボクシングでもそうですけど、打って来た時にかわすようなことしてたら、バチバチあたる。不確定要素で相手が打とうとした時に顔を動かしているとボクサーは当たらないでしょ。空振りするでしょ? あれはパンチを見てよけているんじゃない。パンチを見て避けている人は一人もいない。パンチがくるやつを見て避けていたらみんな当たるから。あれは、不確定要素として相手が打ってくるというのを呼吸で、いわゆる動体視力というのは、打ってくるかどうかの違和感を感じ取っているんです。よく野球なんかでもイチロー選手や松井選手がいくら動体視力がいいからといって、150〜160キロのスピードで投げられている、あの0コマ何秒の瞬間をこの辺でいいボールだっていって振っているわけじゃない。いいボールだと思ったらその瞬間には(キャッチャーのミットに)ドスンと入っている。だから、そこにはピッチャーの癖をデータとしてもっていて、このピッチャーはこのボールから投げてくると。このボールを投げたら次にこれで仕留めてくるとか。2ストライク3ボールになった時はこのピッチャーは統計的にこのボールでバッターを三振にとってくるとか。ピッチャーゴロにしようとか、こういう組み立てをバッテリーは考えているというデータをみんなもっているんです。だから、バッターは監督の指示を仰ぐわけです。そこにデータがあるから。だから、ピッチャーはバッターよりも高い効率で有利なんです。見て打てないから。見ているようだけど、読んでいるほうが強いんです。動体視力云々じゃない。だから、ドーンと突っ込んできたり、突っ込まれながら回転されたりすると、(パンチは)打てないんです。打てるもんじゃない。
(後編へ続く)