文◎ターザン山本（元週刊プロレス編集長）

昭和の巌流島決戦。力道山はプロレスのために木村を葬り去った

1954 年12月22日、蔵前国技館、この日、力道山対木村政彦の一戦がおこなわれた。力道山、30歳。木村、37歳。年の差7つだった。

当時、マスコミはこの対決を「昭和の巌流島決戦」と煽りたてた。巌流島とは、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘のことだ。それは負けたほうの死を意味する闘いだった。

1954年2月、海の向こうのカナダからベンとマイクのシャープ兄弟がやって来て、日本にプロレスブームを巻き起こした。ちょうど白黒テレビが出てきた頃だ。日本人対外国人の対決が日本のプロレスの定番だった。大衆は、日本人が大男の外国人レスラーを倒すことを望んだ。

プロレスはベビーフェース（正義）とヒール（悪役）の対決が大前提である。外国人レスラーは当然、悪役だ。噛みつき魔フレッド・ブラッシーや、白覆面の魔王デストロイヤーが悪役として有名だ。ただ、日本人対決はタブーだった。しかも力道山と木村は両雄並び立つ二大エースである。

その二人がシングルで激突するというのは、負けたほうがマット界に居場所をなくすことを意味する。当事者である木村は、そこまでは意識していたなかったと思う。だが、新しいエンタメとして、プロレスが今後どんな展開を生んでいくのか？　それを決める一戦でもあった。

木村は柔道の世界で無敵を誇り、プロレスラーに転向。力道山は相撲の世界で関脇までいった力士。この対決は、柔道対相撲の対決でもあったのだ。

なにしろ、木村は全日本選手権13連覇、15年間無敗なのだ。力道山は関脇止まり、結局、横綱にはなっていない。

実績では明らかに木村が上だった。ただ、試合では力道山が反則気味の攻撃を仕掛けて木村を破った。

結果的にこの勝敗によって、日本のプロレスは力道山が支配することになり、マット界統一を果たしたのだ。

木村はエンタメとしてのプロレスを発展させていくには、もともと向いていなかったともいえる。力道山はその点、興行としてのプロレスを盛り上げていくための資質、アイデア、企画力に長けていた。

柔道家は基本的にエンタメとは肌が合わない。柔道出身で成功したプロレスラーがいないのが、それを証明している。坂口征二、小川直也、ウイリエム・ルスカ、アントン・ヘーシンクがそうだ。

相撲は部屋別制度。その部屋での弟子の育て方は、力道山によってプロレスの道場に受け継がれた。

相撲界ではタニマチが存在する。柔道の世界にはタニマチはいない。柔道は心技体を重視する競技。相撲は「興行」である。

相撲はプロレスに通じるものを持っていたということだ。相撲の制度がそのままプロレス界に通用している。ごっつあんですの精神だ。テレビと結びついて発展した相撲。同じくテレビで娯楽として成立していたプロレス。

以上のことを考えると、力道山が木村に勝ったのは歴史的必然だったともいえる。力道山は外国人レスラーの売り出し方も知っていた。密林王グレート・アントニオを呼んでマスコミに煽らせ、ワールドリーグ戦を目玉シリーズにもした。それは木村にはとてもできないことだ。

異種格闘技戦という言葉は、1976年の猪木vsルスカ戦で初めて世に出た。「プロレスvs柔道」という対決。これって「力道山vs木村」がダブってくる。

異種格闘技戦を始めたのは猪木だが、その原点は力道山にあったという見方ができる。

力道山が木村に勝ったのではない。相撲が柔道に勝ったのでもない。柔道はプロレスには向いてないことが、そこで証明された。力道山にとって、それは天下統一の闘いでもあったのだ。

猪木がやった異種格闘技戦は、負けた側がすべてを失うというのではない。力道山vs木村戦は負けた側を抹殺する結果となった。

次元が違う。力道山はその残酷さを通過して、日本のプロレスの繁栄を築くことができた。この力道山イズムは誰も真似できない。ただ、そこに異種格闘技戦の本質、精神が何であるかが示されていることもたしかである。

力道山はプロレスがエンタメであることを理解していた。その理解の仕方が半端ないのである。死にもの狂いのエンタメ。力道山はエンタメをエンタメとして寸止めできるタイプではないのだ。プロレスをそのように考える必要はないのにである。

異種格闘技戦のことなら力道山に聞け、である。木村をああいう形で葬り去ったのは、力道山がおのれのジャンルのために「殺るか殺られるか」の決意を持ってリングに上がったということなのだ。

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