新間さん断言!「猪木vsアリ戦は真剣勝負! ルールも存在した」
巌流島は「公平な異種格闘技戦」をめざしているが、その原点と言われているのが、40年前の6月26日、日本武道館で行われた「アントニオ猪木vsモハメッド・アリ」だ。当時、昼間の時間帯にも関わらず、40%近い視聴率を取り、さらに世界では37カ国、14億人も見たと言われるこの世紀の一戦。先日、アリの追悼もあって、テレビ朝日が日曜日のゴールデンタイムで再放送。40年経っても8,5%という好視聴率を叩き出した。40年経っても、誰も超えられないこの世紀の一戦の内幕を、仕掛け人であり、当時の新日本プロレス専務取締役、兼営業本部長の新間寿氏に話を聞きに行ってみた。(後編)
文◎谷川貞治(巌流島の仕掛け人)
「世紀の大凡戦」という世界的な風評と巨額な借金、さらに100億円という途方もない大金で訴えられた猪木vsアリ戦。わずか1日のイベントでこれだけの窮地に追い込まれたんだから、猪木vsアリ戦のスケール感たるや想像を絶する。僕がK-1で何度か体験した危機に比べても、こんな窮地はさすがにない。興行とは、こうした窮地をいかに乗り越えたかという点にある。よく優秀なプロモーターとか言われながら、アイディアだけの人がいるが僕は全く評価しない。優秀なプロデューサーとか、プロモーターはいかに修羅場をくぐりぬけ、逆境を跳ね返すかに真価が問われるものだ。やはり、猪木さんや新間さんは僕らの世代とは比べものにならないほどの、修羅場をくぐり抜けていることが、この猪木vsアリ戦ひとつをとっても分かる。
こんな裁判なんかは、そうそう簡単に解決するものではない。しかも、この裁判の拠点はアメリカ。日本人が勝てる可能性は極めて低い。裁判は約1年半かかっても膠着状態が続いた。ロスでの和解調停でも新日本プロレス側からは、日本人弁護士2人、アメリカ人弁護士1人が出席。対するアメリカの弁護士は7人もいる。1時間経っても話は平行線。この手の話は、最低でも日本側が残金120万ドルを払わなければ決着がつくものではない。120万ドルを払っても、アリ側が納得するかどうか? もし、裁判をやってもそのあたりが焦点になってくる気がする。もちろん、問題は契約書になんて書かれてあったかだが…………。
その契約書に関して、猪木vsアリ戦の3日前に大きな事件が起こった。6月23日、京王プラザホテルの公開調印式の際、散々挑発されてきた猪木は、怒りを押し殺すように「今回の契約について、ルールについて、全てアリ側の条件を呑んできました。なぜか? 私は絶対にこの試合を実現したいためで、今日まで耐えに耐えてきたわけです。そして、私は手と足を縛られた条件でなおかつ闘うわけです」と反撃した。先日のテレ朝の猪木vsアリ戦でも紹介されたシーンだが、大切なのは、この後猪木さんは「ここで私はアリに提案したい! 勝者が全てのお金を取るとういうルールで闘おうじゃないか!」と、アリに突きつけているのだ。この記者会見の前日の公開練習でナーバスになっていたアリは、それを聞いて大激怒。興奮したまま、その条件を呑んでその場でサインしてしまった。しかも、この調印式でさえ、当時「水曜スペシャル」というゴールデンタイム枠で全国放送されてしまったのだ。
新間氏によると、その夜アリ側のセコンドが20名くらい部屋に押しかけて来て、わめき散らし、あまりの興奮状態のため、通訳が怖くなって逃げ出したという。仕方ないので、英語のできるホテルのロビーマネージャーに頼んだが、「とても怖くて訳せない」と怯えたそうだ。そんな中、アリ側の一人、ボクシング界ではドン・キングと並ぶ世界的に有名なプロモーター、ボブ・アラムが新間氏に囁いた。
「Mr.シンマ、モースト・インポータント・ストーリーをしよう!」。今でもメイウェザーや、パッキャオ、日本の村田諒太の試合をプロモートするボブ・アラム。新間氏に言ったのは「アリはこれまでボクシングの試合でも自分でサインをしたことはない。彼のサインをする権限を持つのは、唯一ハーバード・モハメッドだけだ」という話だった。あわや試合をキャンセルし、帰国しようとしたアリ側をなだめたのは、そのハーバード・モハメッドだった。猪木サイドは不意打ちにアリにサインをさせた契約書を取り消し、アリもこれに納得した。
猪木vsアリ戦後の100億円裁判。それを解決したのも、そのハーバード・モハメッドだった。何時間話し合っても、一向にラチがあかない和解調停。新間さんは2人きりで、そのハーバードと話し合いたいと提案した。ハーバードは、ブラック・モスレムの教祖で、「カシアス・クレイとは奴隷の名で、私にモハメッド・アリという名前を名付けてくれた人」(アリ)というほど、アリが全幅の信頼を寄せるアリの全ての最終決定者だった。通訳はケン田島氏。場所はロスにあるホテル、ビバリーヒルズ・ウィルシャー。弁護士は全員退室し、3人だけの和解交渉が始まった。
ここで新間氏は「これから私が言うことは口で喋っているのではなく、私の心で話しているものだと聞いていただきたい」と、話を切り出した。そして、猪木vsアリ戦は新日本プロレスにとっていかにリスクの高いものだったか、そしてルールや契約内容、全てアリ側の条件を呑んで、猪木は一度も反則することなく闘った。その結果、猪木は世界中の笑い者にされ、会社は莫大な借金を背負い、その後興行成績も不振となり、会社は倒産の危機に瀕している。そんな苦境をとくとくと話したそうだ。ハーバードはその話をずっと黙って聞いていた。そして、「これから話す話は口で話すのではなく、心で話すという言い方は誰が言ったんだ?」と、尋ねてきた。新間氏は「これは私の父で、父はあなたと宗派は違うが、仏教の日蓮宗の住職なんです」と答えた。その言葉にハーバードは、「実にいい言葉だ。今度、私も説教の時に使わせてほしい」と言った。「Mr.シンマ、キミはこの裁判をどう解決しようと思っているんだ?」と尋ねた。新間氏は「本当に払うお金はないんです。どうか裁判を取り下げてほしい」と懇願した。話している途中は、涙も溢れてきたそうだ。
すると、ハーバードはその場で電話をかけ始めた。相手はモハメッド・アリだった。ハーバードはアリに「おまえはイノキのことを好きだと言ってたよなぁ?」ときり出した。アリは「イノキのことはリスペクトしてるよ」と答えた。「だったら、裁判はこれで終わりにしよう!」「どうするんだ?」「全てなしだ」「わかった!」。そして、ハーバードは新間氏に電話を代わった。新間氏は何度も「サンキュー!」を連発した。「これでいいか?」というハーバードに対し、新間氏は「もう一つお願いがあります。どうか、次のアリの世界タイトルマッチに、猪木と夫人の倍賞美津子を招待してほしい」とお願いした。それに対しても、ハーバード・モハメッドは「分かった」と了承した。
1時間後に「どうなった?」と集まった弁護士たちに「和解が成立したので、合意書をまとめてほしい」とハーバードが答えた。狐につままれたような顔をする日本人弁護団。対するアリ側の弁護士は「冗談じゃない! 納得できない!」と騒ぎ出した。それに対してハーバードは、「シャラップ! お前たちに高い弁護士料を払っているのは誰だ!」と一喝したという。かくして、新日本プロレス史上最大の危機は乗り越えられた。翌日の東スポの一面は「猪木、アリと和解!」の文字が大々的に踊った。
居ても立ってもいられなかったのか、猪木さんはこの時、ロスにあるディズニーランドに倍賞美津子と行ってたらしい。新間氏の電話ですぐにホテルに戻り、「そうか、ゼロか」と新間氏と抱き合って喜びを分かち合ったらしい。その後、新間さんと猪木さんはいろいろあったが、今は和解している。3年前、猪木さんとあるパーティーで会った時、ちょうど猪木vsアリ戦の話になり、新間さんは「社長、あの時アリにいくらで訴えられたか知ってますか?」と尋ねたそうだ。「新間、いくらだったけ?」と猪木さん。「社長、100億ですよ、100億!」と言うと、猪木さんは「そんなに?」と初めて聞いたかのように驚いてたという。それにしても、よくぞ乗り切った。こんなとんでもない大博打を乗り切るのは、奇跡としか言いようがない。新間さんも、ハーバードも、アリも、猪木さんも、かっこよすぎる。
猪木vsアリ戦で考える「公平な異種格闘技戦」!
新間さんと久しぶりに会って、こうした猪木vsアリ戦の裏話を聞かせていただいたのだが、僕は「こういう話はぜひ後世の人に残してほしい。ぜひ、猪木vsアリ戦の本を書いてくださいよ!」とお願いした。そして、僕は思い切って「もうひとつ聞きたいことがあります」と切り出した。あの猪木vsアリ戦は今見てもよく分からない試合。真剣勝負だったのか、そうじゃなかったのか、本当はいったいどんなルールだったのか? と。
新間さんは「そんなの何もありゃしませんよ。真剣勝負に決まってます」と断言した。では、どういうルールだったのか? 猪木vsアリ戦については何度もルール変更となり、これが最終ルールだというものがよく分からない。後付けで、のちにマスコミがいろいろ発表したものが、一人歩きしているという話もある。当日、新日本プロレスがマスコミにルールを配布したかどうかもよく分からない。
なぜ、それが知りたいかというと、異種格闘技戦の原点がこの猪木vsアリ戦というならば、その時のルールがどういうもので、本当に猪木さんが手足を縛られるほどの不利なものだったのか? 40年経って、総合格闘技がこれほど世界的に知名度が浸透している中で、もっと違う闘い、展開になるのだろうか? それを検証することが異種格闘技戦の進化というものなのに、誰も答えを出さないまま、放りっぱなしになっている気がするからだ。
異種格闘技戦の難しさをグレイシー柔術は「なんでも有り」の概念を持ち出し、ガチンコで闘うことで世界的にMMAを発展させた。しかし、「なんでも有り」が公平な闘いではない。「なんでも有り」の最終形は寝技の攻防になることもすぐに分かった。今、純度100%のボクサーに「なんでも有り」で闘わせたら、ほとんどボクシングの武器は生きることなく、秒殺されるだろう。「なんでも有り」の闘いは、まずくっ付いて「なんでも無し」にするところから始まる。巌流島は「公平な異種格闘技」を一つのコンセプトにしている。ならば、猪木vsアリ戦がどこまで公平だったのか? あのルールでアリはどうやって勝つことができ、猪木はどうすれば勝てたのか? 総合格闘技の知識と技術がこれほど発展した中で、それをもう一度、検証したいと思ったのだ。
問題は契約書上、お互いが合意してサインしたルールがあるのか、ないのか? そこに書かれているルールはなんだったのか? それに対して新間さんは「ありますよ。私も持っているはず」と答えた。「それを見せてほしい」とお願いし、僕はもう一度新間さんにアポを取ることにした。しかし数日後、新間さんから連絡が入り、「探してみたけど、まだ見つからない」とした上で、「週刊プロレスやゴング、宝島の最近出した猪木vsアリ戦の特集号があるじゃない。 あれと同じですよ」という答えが返ってきた。
うーん、そうかぁ。皆さんも感じてることだろうが、今世に出ているルールを見ても、本当は何が反則なのかがよく分からない。それはプロレスのルールを、猪木vsアリ戦のルールに反映しているからだろう。
猪木vsアリ戦はまるで「ワニとライオン」の闘い。ワニは「川の中に入ってこい!」と誘い、ライオンは「陸地に上がってこい!」と吠える。そして、ずーとお見合いが続いてしまった。その闘いに何をすれば、川と陸地の水際でワニとライオンが噛み合うことができたのか? それこそが異種格闘技戦の突破口であり、公平とは何か? を考えさせる糸口につながるのでないか? その意味で巌流島にとっても、猪木vsアリ戦はとても興味深い試合だったのだ。