異種格闘技戦の原点「猪木vsアリ戦」の内幕について、過激な仕掛け人・新間寿氏に内幕をインタビュー!
巌流島は「公平な異種格闘技戦」をめざしているが、その原点と言われているのが、40年前の6月26日、日本武道館で行われた「アントニオ猪木vsモハメッド・アリ」だ。当時、昼間の時間帯にも関わらず、40%近い視聴率を取り、さらに世界では14億人も見たと言われるこの世紀の一戦。先日、アリの追悼もあって、テレビ朝日が日曜日のゴールデンタイムで再放送。40年経っても8,5%という好視聴率を叩き出した。40年経っても、誰も超えられないこの世紀の一戦の内幕を、仕掛け人であり、当時の新日本プロレス専務取締役兼営業本部長の新間寿氏に話を聞きに行ってみた。
文◎谷川貞治(巌流島イベントプロデューサー)
異種格闘技戦の原点と呼ばれる40年前の「猪木vsアリ戦」。6月12日(日)、テレビ朝日のゴールデンタイムで放送されたこともあって、この一戦は40年経っても色褪せることなく、むしろ再評価されて現代のファンに届いている。現役のボクシングの世界王者モハメッド・アリと、アントニオ猪木という稀代のスーパースター同士の対決とあって、この一戦はあまりにスケール感が大きすぎて話は尽きない。
その中で、猪木vsアリ戦の仕掛け人で、この一戦を一番よく知る当時の新日本プロレス専務兼営業本部長の新間寿氏に久しぶりに会って、話を聞くことができた。僕らの世代にとって、過激な仕掛け人・新間寿は憧れのレジェンド。新間さんは今年81歳というから、あの世紀の一戦を仕掛けた時は41歳となる。僕も41歳の頃、K-1プロデューサーになったが、よくその年齢であれだけ大きな仕事を成し遂げたものだ。新間さんから40年前の猪木vsアリ戦をいかに作ったのか、学ばせてもらおうと思った。
まず僕が興味のあったのは、猪木vsアリ戦を実現するのにいくらかかり、いくら収入があったかということだった。お金の話というと、忌み嫌う人も多いが、こういうビッグマッチは後世の人のためにも記録を残しておいてほしいという思いがある。新間さんによれば、やはりアリのこの一戦のファイトマネーは600万ドル。当時は1ドル330円くらいだったから、20億円。その内訳は新日本プロレスがアリに支払うのが、半分の300万ドル。前金が180万ドル、残金が120万ドル。残りの300万ドルは全米のクローズド・サーキットの収入をアリが最初に300万ドルをトップ・オフする契約だったという。
アリが本当に日本にやってきたのは、前金の180万ドルを支払い、残金の120万ドルをアメリカの銀行のエスクロー口座に預けたからだった。つまり、新日本プロレスは10億円を用意することで、この一戦は実現する方向に向かったのだ。新間さんによれば、そのお金を一番出したのが、テレ朝で1,5億円、その次は東スポが3,000万、あとは地方のプロモーターや藤波辰爾、佐山聡の奥さんの実家といった選手にまでお金を工面してもらい、総力を挙げて実現に向かったという。この大変さは僕も経験があるので、想像がつく。凄いパワーだ。
しかし、30年後のK-1の全盛時代で考えると、猪木vsアリ戦のようなスケール感のドリームマッチが実現すれば、10億円を集めるのはそんなに難しいことではない。今の時代ならば、東京ドームという50,000人が収容できる会場があるし、視聴率40%も取った猪木vsアリ戦の放映権料が1,5億円というのは、K-1時代の相場から考えると安すぎる。まして大晦日にやったら、テレビ局からもっと大きなお金が取れただろう。さらに、アメリカではPPVが急速に発達しており、100万人でも見ればそれだけで20億以上を稼げることになる。UFCがあれだけPPVで視聴者を稼げるんだったら、アリなら100万って数字では収まらないだろう。
けれども、40年前のプロレス界はチケットもプレイガイドにわざわざ行って買わなければならない時代だった。ぴあのようなチケット会社もなく、スマホやネットでチケットが買えることはない。チケット単価が高すぎたのか、あっという間に完売しそうなこの一戦も、新間さんによれば「いやいや、キップを売るのに全然苦労した」そうだ。猪木さんや新間さんの世代は、チケットのことを今でも「キップは売れてますか?」という。そんな時代なのだ。
しかも、マットなどの協賛という考え方も全くなく、クローズド・サーキットの仕組みは「アリ側から300万ドルは回収したという報告は入ったが、いまだに仕組みはよく分からない」(新間氏)という。300万ドルというと、当時20ドルで200万人くらいは見ていたことになる。報道では14億人が世界で見たというから、本当は世界中からもっと放映権料がとれたはずだ。おそらく、チケットの券売収入と、テレ朝の放映権しか入っていない中で、この世紀の一戦は成り立っていたのである。もったいないし、資金面でも興行は大博打だったのだ。
試合後、猪木サイドは100億円の損害賠償を請求された!
しかも、新間さんの話はここからが面白い。さんざん批判され、酷評されたこの一戦の翌日、新間さんはすぐに銀行に預けていた120万ドルのお金を降ろし、謝金の返済にあてたという。そして、アリ側には「試合直前までルール問題で、猪木に無理難題を押し付け、結果あのような酷い試合になってしまった。猪木と新日本プロレスはこの一戦をやったおかげで、世界中から笑い者にされ、興行成績は落ち、会社が倒産しそうな危機にある。だから、契約不履行で残金120万ドルは払わない」と主張し、1億円の損害賠償を訴えたそうだ。
「だって、あの試合のあと、世論の99%は罵詈雑言。猪木が世界中に笑い者にされたんだから」と、新間さんは言う。しかし、これに怒ったのがアリ側。残金120万ドルと3,000万ドルの損害賠償を新日本プロレス側に請求。当時のレートで換算すると、なんと100億円!!! しかも、アリ側と言ったら、全米のボクシング界もいれば、ブラック・モスリムもいる。よくそんな巨大組織と喧嘩する気になったもんだ。僕だったら、縮みあがるし、逃げ出していただろう。しかも、新間さんは「猪木vsアリ戦」の責任をとって、一介の平社員に格下げ。給料も3分の1に減らされたという。テレビ朝日からは、代表取締役以下、取締に何人も出向役員が新日本プロレスに入ってくるし、この修羅場はハンパじゃない。それをどうやって乗り越えて、生き残ったのか? ますます新間さんのことを尊敬する思いで、話を聞き続けた。(続く)