敬老の日に54歳のエキシビション! きっと天国のアンディも観に来るはず
お題………9.17 刃牙の世界を制するのは誰だ!?
刃牙流武術、敬老の日に見参?
巌流島でのエキシビジョンマッチが決まりました。相手は巌流島のエース菊野選手。決まってから反響が凄いのです。予想外の反響に嬉しく、そして焦っています(笑)。
次回の巌流島興行は9月17日(祝)敬老の日。敬老の日の54歳になった僕のエキシビジョンマッチはなかなか良いネタだ(笑)。トーナメントや特別試合とは別のお客さんに喜んで頂けるプロのパフォーマンスをしたいな。そう思って54歳の夏を過ごしてます。
エキシビジョンが決まったのは、シュートボクシング初のモンゴル興行に出発する数時間前。少し電話が遅れたら何日も連絡がつかなかった。電話を頂いた時に、僕は何かを感じてその場でやらせて頂くことを決めました。
決める際の条件は一つ。菊野選手が僕がエキシビジョンの相手で良いと了承してくれるか? それだけでした。ギャラの金額を聞くのは忘れてました(笑)。
電話を切ってすぐに谷川さんから電話が来ました。「菊野君は良いって言ってるよ」「胸を貸してくださいって言ってる」と。いやいやそんなに大した胸はないですよ。いきなり恐縮してしまう54歳。
菊野選手は、なんて良い人なんだ。感動している54歳。菊野選手にケガなく、お客様に菊野選手の魅力が伝わるエキシビジョンマッチをやろう。その為に鍛えよう。でも54歳だからほどほどにと思う頃には、飛行機はモンゴルに向けて出発していました。
シュートボクシング興行ですから、知り合いがいっぱい一緒にいます。モンゴル珍道中の始まりです。一緒に行く中には同期の大村勝己君もいました。大村君はシュートボクシングの元チャンピオン。現シーザージム新小岩代表。シュートボクシング審判部長。と素晴らしい肩書きですが、僕には同学年の同じ年、同じ時代にシーザージムで汗を流した仲間でもあります。いわゆる気の置けない仲間が大村君です。
大村君とは、モンゴルで一緒の部屋で過ごしました。エキシビジョンマッチの話をすると、大村君はニッコリと笑いました。こいつは昔からこういうのやるよな、そんな顔つきでした。部屋で若かった頃の思い出話をしたりしながら少しずつ気持ちを作って、少しずつ体を動かして、エキシビジョンに向けて準備を始めます。ウランバートルは標高3000メートルなので、ホテルの近くの山を歩いたり、そこで鍛練すると、高山トレーニングになって良い準備が出来るのです。
もうだいぶ前ですが、僕にはまだ昨日のことのような時間。僕はチーム・アンディで、アンディ(・フグ)と毎日一緒に練習して、スパーリングしてた。チーム・アンディには色々な宝物がある。試合に向けての独自の調整もある、試合まで何日で仕上げる。そのために組むスケジュール。始めは週単位で組んで、試合前日くらいからは数時間単位でやることがきちんと決まっている。その通りにやると本当に体が良く動く。
アンディが亡くなってからも、引退試合まで僕はそのスケジュール通りにやって良い結果になっている。だからエキシビジョンが決まった瞬間から、当日までを逆算して、モンゴルでやることをきちんとやること決めた。巌流島にはアンディも観に来てくれる気がする。それでニッコリ笑いながら「平さん相変わらずだね」って見てくれるような気がする。
モンゴルでは、シーザー会長にもエキシビジョンの話をしました。そして懐かしい話もしました。若かった頃の思い出を味わいながら次の目標に進む。54歳の夏。とても大変で、とても贅沢な時間の始まりはモンゴルからでした。
シュートボクシング興行の翌日、モンゴルの郊外のゲオというテントで生活している人々の家(ゲオ)に招待されて行ってきました。そこで僕は馬に乗り、武術のもう一つの真実を知ったのです。
武術は立ち方を大切にします。立ち方3年などと言います。中国では馬歩(まほ)、空手では騎馬立ちなど、立ち方には馬の文字が入っています。その意味がようやくモンゴルで分かったのです。
実際に馬に乗ってみたから理解出来ることがあって、頭で考えても分からない。そんなことが沢山あります。本当の意味が分からないまま、僕は武術をやっていたのです。モンゴルではサラブレッドではない、本来の民族が乗っていた馬に乗りました。背が低くて足腰が強いこの馬は、日本の原種の馬に似ています。日本の馬も本来背の低い馬だったのです。
馬に乗った瞬間に何かが繋がりました。始めて馬に乗ったのに怖くなかったのが不思議です。馬の背骨を通じ、僕の背骨も一緒に動きます。そして馬の脚を感じて、モンゴルの大地を感じました。馬に乗るのは初めての経験。でも馬は僕の記憶にいつもありました。
ビクトル古賀先生は、少年の頃に裸馬の上に立って遊んだそうです。古賀先生は、俺の秘密は子供の頃の暮らしにあると、だいぶ前にそう教えてくれました。カーリー・グレイシーも馬に乗って体を鍛えていたそうです。「馬はとても体を良くして強くするから日本で乗ったほうが良いぞ」。カーリーもそう教えてくれました。
なかなか機会がなく想うだけだったのですが、モンゴルでようやく馬に乗ることが出来ました。馬に乗った時に色々なことを感じました。多分エキシビジョンが決まって集中力が高まっていたので、普段の精神状態では気が付かないようなことまで感じたんだと思います。きっと上達したら、馬の背骨を通じて地表を感じて、頭は空を感じる。そして胸で地平線までを見えるように感じるようになるんだな。モンゴルの広大な草原で、そんな事を思いました。
武術とは本来、乗馬が基礎になっています。戦とは本来馬に乗って弓や槍を操るものだからです。弓や槍を操るには、手放しで駈ける馬に乗れなければいけません。武術の基礎の立ち方に馬の文字が書かれているのは、馬に乗った感覚で立ちなさいという意味なのでしょう。
40年やってようやく立ち方の意味が分かったのです。モンゴルからの流れは日本に帰ってからも続き、帰国してFacebookにこの話を書いたら、すぐに連絡がありました。東京郊外の乗馬場の社長さんからです。ぜひ乗りにきてくださいと。
翌日は夏休みの最後の一日でしたから、僕は行くことにしました。そしてスタッフの方にきちんと指導して頂きながら、馬に乗せて頂きました。日本の乗馬場の馬はサラブレッドです。始めに背の低い馬に鞍を付けないで乗ったからこそ、気が付けたことがあります。武術の時代の馬は、サラブレッドではないのです。サラブレッドは武術の時代には存在しない外国の馬で、日本の在来種の馬に乗ってこそ分かる身体感覚があるのです。
スタッフの方は僕の話を真剣に聞いてくれて、武術のために馬に乗って色々と経験したいとの願いを快く受け入れてくれました。面白いことにスタッフが丁寧に教えてくれる馬の乗り方は、武術の口伝とほぼ同じだったのです。膝は軽く締めて、目は遠くを見る。胸は開くようにして背筋を伸ばす。頭は天に向かって伸びるように。武術の口伝そのものです。
30分もすると小走りする馬から腰を浮かせて立てるようになりました。なぜかこんな時には僕は凄く上達が早いんです。上達した僕を見て、スタッフの方がサラブレッドから全部装着を外し、裸馬にして乗せてくれました。
裸馬に乗せて頂いたおかげで、武術の口伝の意味が前よりも見えてきます。裸馬に乗るには独特の体の状態が必要になります。力んでも落ちるし、力が抜けても落ちてしまいます。この体の状態は馬に、それも裸馬に乗ってみないと確かに理解は難しい。
そしてこの時の体の感覚は、若い頃に格闘技で凄く体が良く動いた時と同じだったんです。日本の武芸18範には馬術も含まれています。馬と武術はかけ離すことは出来ないものだったことにようやく気が付いて、次の日からの稽古と鍛練で体に変化が出てきました。
足りない何かが加わると変化がおきるのでしょう。足りなかった何かを加えて稽古をすると、立つことと動くことの感覚が変わっていくのです。巌流島のお陰です。そして出会った全ての方々の聞かせてくれた一言のお陰で、僕は武術の階段をまた少し上がることが出来た気がします。
モンゴルから帰国して色々な気付きがあった頃、巌流島でのエキシビジョンマッチが発表になりました。僕のバックボーンが「刃牙流武術」と書いてあります。いやー、本人も知らないぞ。その武術は本人にさえも謎です(笑)。またまた良いネタを頂きました。
引退試合をやってから16年が経ちました。引退した理由は体がボロボロになったからです。ボロボロになった体も、ご縁で出会った武術のお陰でだいぶ回復しました。
そもそも54歳になってお客さんの前で、巌流島のエース菊野選手とエキシビジョンをやるんですから、けっこうと言うか同じ世代に比べるとだいぶ元気です。すべてご縁と武術のお陰です。
そして格闘技の頃の経験が、武術の学びを押し上げてくれました。振り返ると全て素晴らしいご縁が繋がって、そのお陰で素晴らしい時間を過ごさせて頂いています。刃牙流武術とは一体何をやるのか? 実は本人でさえ分かりません(笑)。1つ分かっているのは、感謝の武術になる気がします。全てに感謝して当日を迎え、感謝してエキシビジョンマッチを終える。
14歳で憧れたプロレスから始まった今の僕の時間。格闘技をプロでやって。プロレスもやらせて頂いて。色々な経験をしてきました。引退してからは武術を始めました。全てご縁が運んでくれた素晴らしい時間です。ご縁に人との出会いに、全ての出来事に感謝です。
54歳の夏、感謝しながら体を動かして夏を過ごしています。今までのご縁、やってきた全てを濃縮した3分間のエキシビジョンマッチになれば最高です。
強さとは全てに感謝出来る人物になることでもある。今回のエキシビジョンマッチのお陰で僕はそんなことを思えるようになりました。全てに感謝して自分が出来ることをやる。これはプロとしてデビューしたシュートボクシングで、シーザー会長が教えてくれたことでもあります。
22歳でデビューして32年目のエキシビジョンマッチ。その日は9月17日(祝)敬老の日。良いネタです。その日54歳の僕が出来ることは、感謝の気持ちを忘れなければ、けっこうたくさんあるような気がします。