9・2最高試合と呼び声の高い「クンタップvs種市戦」の種市さえ知らない山城師範の裏作戦とは?
お題………大好評! 9・2巌流島ADAUCHIの総括と裏側
●試合中
会場が湧き上がる。
あまりの激しい殴り合い。
クンタップ選手相手に手を煽るように刺激する種市。
それでも殴り合う。
膝が緩んで行く。
殴り合いの末、押し切られた種市。
「やっぱり膝が抜けたか・・・・。もう立っていることもやっとだったろうに」
審判がTKO宣言。
種市はその瞳に「まだやれるのに!」という、熱さを残したままだった。
●試合のオファー
「種市にクンタップの相手として巌流島に出ないか?と勧めたら、本人がやる気で出るそうです」
電話で相変わらずの無茶振りを持ってくる菊野選手(私はまたかよテメーと思ってた)。
「きっと、種市が出たら沖拳のみんなも喜ぶと思うし、勇気をもらえると思うんですよ」
んー、まあいいかな。本人が出たいというなら、私は腹括って、それを引き受けるか。
そんな始まりでした。
「とりあえず、菊野がやってるミットをできるようにしといて。そこからだ」
そう伝えた私は、そこから素人種市vs歴戦の猛者クンタップの構想を練り始めた。
●表の作戦
緊張した顔で練習初日。
私は種市にこう言った。
「一発目は当たらない。だから、2発目、3発目で当てる練習をしよう」
ここで既に種市が膝の爆弾を抱えていることは分かっていた。のちにその心配は具現化し、彼の膝は練習中の怪我でもう使い物にならなくなっていた。
「いよいよ読み通り、殴り合いで勝負を決めるしかないだろうな」
そんなことを思いながら、私はそれを伝えないようにした。
私は指導中、全く厳しいことは言わない。
菊野選手も私に怒鳴られたことなど一度もないだろう。
重要なことは作戦を実行できる力だと思っているから、そこに私が怒る理由など、どこにもない。
危機感を持たない選手に、危機感を持たせるために怒鳴るのだ。
だが、私の選手たちはみんないつも崖っぷち。 最初から危機的状況なんだよね。
だから怒鳴らない。
怒鳴ることでうまくいけば怒鳴る。怒鳴ってうまくいかないことが見えているから怒鳴らない。ただそれだけだ。
ただ、種市は素人だ。プロと闘ったことがない。プロと闘ったことないのに、元ムエタイチャンプと闘うのだ。危機以上のものであることは確かだ。
そんな相手に戦略を駆使しようが、小技を覚えようが、所詮話にならない。
彼が勝つ方法は限られている。
「殴り合いに持ち込むこと」だ。
●裏の作戦
この「殴り合いに持ち込むこと」には大きな弱点がある。
クンタップ選手が距離をとって、前蹴りや廻し蹴りで入れなくしてしまったら、種市選手は殴り合いまで持ち込めなくなってしまうということだ。
私はこういう練習をさせた。
「一発目はどうせ当たらない。だから、少し遠い間合いで一発目を先に打て。そして、3発目から当たるから、その3発目をしっかり当てろ」
「ジャブは一切打つな。ジャブを打てばやられる。合わせられてしまう。合わせられないように、逆手だけの攻撃をし続けろ」
この練習を徹底的に行った。
実はこの作戦は嘘である。
これは、種市選手や菊野選手には話してない、ここで初めて明かす作戦になる。
なぜなら種市は既に足が使えない。ステップの速さも作れない。
ジャブやパンチの速度は明らかにクンタップ選手の方が上である。
ジャブを打てば1発だけで避けられたり、合わせられたりしてしまい、恐怖感では入れなくなってしまう。
なんとか種市に前に出て殴り合う気持ちを作らせないといけない。そのため、私は種市がどれだけの恐怖感を抱えているのかを考慮して、そして菊野よりも積み重ねが少ないことも考慮して、そして種市が唯一勝てる場所に導くために裏の戦略を用意した。
隠して騙したのではない。知らないまま行くことに意味があったのだ。
想像力は恐怖を生む。今回の恐怖は半端なじゃい。それだけでも潰れてしまう。そうさせないための、私なりの工夫だった。
最初から逆手の「連打」を打ち込んで、相手に合わせにくくしながらも、「殴り合い」に持ち込ませる。クンタップ選手が蹴るタイミングでは手を出しているのだから、クンタップ選手は蹴りを連打できない。その代わり殴り合いで対応するだろう。
そこで、種市がどこまでの根性で踏みとどまるか。
そこが「死地」であり、種市の「勝つ場」なのだ。
そのあと「この時はどうしたらいいですか?」とか色々聞かれたけど、それだけが答えなのだ。あとは正直、適当にどうでも良かった。
無策のように見えるが、蟻が象を倒すためには身の内に入り込むしかないのだ。それこそ、策であり勝負。
これが私の作戦であった。「殴り合いに持ち込ませる」作戦。
●試合開始
種市は最初で間合いが合わないのと(前に出たくなるようにわざと合わせてない練習させたから)彼なりに色々工夫をした技を駆使した。
1ラウンド、2ラウンド、ギリギリまで殴られて消耗させられている。
2ラウンドのインターバル、私はこういった。
「よくここまでやったよ。予想以上だ。あとはやれるだけやってこい。」
3ラウンド開始。
種市の前に出て殴り合いをしたいという気持ちが出てくる。
クンタップ選手に当たる。
揺れるクンタップ選手。効いている。
そのまま殴り合いに行くが倒れない。
さすがクンタップ選手、最後の粘りがすごい。
種市も煽り、殴り合いに持ち込む。
しかし、膝が持たず、下がって落ちてしまう。
そこで試合は終わった。
●試合を終えて
私は彼を誇らしく思った。
なぜなら、「勝ちたかった。悔しいです。勝つつもりだったのに」
エレベーターで涙ながらに本気でそれを語る種市を見て、彼をかっこよく思えた。
私は「万全の彼ならやったかもしれないな」と、勝負にはありえない「もしかして」に心が躍った。
私は種市を何としても勝たせてあげたかった。
彼は試合直前に母親が亡くなり、体はボロボロ、接骨院の仕事もこなしながら、プロの舞台にしかもデビュー戦として立った。
誰にも見えない、彼だけしかわからない、本当の戦だったかもしれない。
だから私は非情に思えるような作戦さえもさせた。
観客は大盛り上がり。
殴り合いだけじゃない、勇気を見せてくれた試合。
その勇気は、次の菊野選手の試合へと繋がれた。
沖縄拳法の、私の可愛い弟子たちがその日も勝負にぶつかっていった。古くから伝わる「手(てぃ)」の技術、鍛錬を詰め込んで。私の戦略を詰め込んで。最先端のトレーニングを詰め込んで。最先端のコーチングも詰め込んで。何より、多くの仲間の声援を詰め込んで。
二人は戦いに向かった。
そんな素晴らしい時間を、彼らと共に過ごせた。
この舞台が、彼らの輝く場であり続けることを、心から願っている。
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『ADAUCHI 2017 in MAIHAMA』