田村と菊野、この2人の試合は間違いなく後世に語り継がれる名勝負だった
8月8日(月)のブロマガ………お題「7.31巌流島・有明大会の感想」
7・31巌流島、ご観戦並びにご視聴ありがとうございました。当日は主催者として満員にできなかったことは悔やまれますが、試合内容は今回もとても良かった。ファンの評判も非常にいいです。特に菊野克紀と田村潔司の試合は、後世に語り継がれる内容の濃い名勝負だったと思います。
メインを務めた菊野克紀の4秒KO劇については、山田英司さんがとてもうまく解説していますので、当サイトのブロマガをぜひ読んでいただきたい。もう一つの田村潔司の試合については、本当に田村だからこそ、やって意味のある試合となりました。
この試合は「猪木vsアリ」戦、40年目の検証ということで、総合格闘技も何もない時代に行われた猪木vsアリ戦を今やったらどうなるかを検証する試合でした。その中で異種格闘技戦にとって、公平とは何かを考えさせる試合。そんなテーマで、プロレスラーvsボクサーの試合を、猪木vsアリルールをベースにやってみたんです。
でも、ファンの反応は思ったほどでもなかったかもしれません。というのも、猪木vsアリ戦以降もプロレスラーvsボクシングの試合はたくさん組まれているし、田村自身、何年も前にその構図での試合は体験済み。しっかりと乗り越えられているからです。プロレスラーvsボクシングの試合は、いつもプロレス目線で作られます。当たり前ですが、ボクサーはボクシングの世界王者になることに絶対的価値観を置いており、異種格闘技戦なんか全く興味がありません。だから、この試合の結論はその後、プロレスラーがローキックで足を痛めつけたり、タックルにいって寝技に持ち込み、あっという間に関節技を極めるパターンがほとんどでした。
僕にとっては、この2つのパターンの結末を見せたら、プロデューサーとして失格。このパターン以外の何かを見せることが、この試合の最大のテーマだったわけです。ファンの反応が思ったほどではなかったのは、この二つの結末を想像したからでしょう。もう今更、プロレスラーvsボクサーは十分想像できてしまうのです。つまり、なめていたんですね。ところがどっこい、この試合は見事に裏切れた。僕は田村潔司だからこそ、違うものが見せられる気がしていました。他の選手だったら、こちらのプロデュースの意味すら理解できません。
そもそも異種格闘技戦をやる場合、二つの考え方がとれます。一つはできるだけルールの制限をなくし、お互い共通のルールで闘うこと。グレイシーが提示した初期のUFCや今の巌流島のルールがそうです。もう一つは選手の格好から、戦い方までその競技のまま闘わせ、不利な部分を削っていく異種格闘技戦です。猪木さんがやろうとしていた異種格闘技戦がまさにそうですね。今でも巌流島の議論では、「柔道家には柔道着を着させ、ボクサーにはボクシングの格好を着させて闘わせ、ルールもその都度決めればいい」という意見は意外とあります。その後者を、田村の試合では取ったわけです。
この試合を田村にオファーした時、田村は「僕が不利なルールほど、面白いんですよね?」と聞いてきました。こういう聞き方をしてくる選手はまずいません。僕はこの言葉で、田村は大丈夫だ。自分が不利な中で何を考えてくるんだろうとワクワクさえしました。それ以降、田村はこちらがぶつけるルールに何も文句は言ってきませんでした。ボクサーに有利なローキックの禁止、腰から下へのタックル、寝技時間の制限。全て丸呑みしたのです。前日にたった一つ注文してきましたが、それも田村が勝つための注文ではありませんでした。
それでもファンの「田村にとって厳しいルールではない」という意見にどう見せようか悩み、対戦相手を30キロも重いヘビー級にしました。田村にとっては言葉に尽くせないほどのハンディだと言っても過言ではないし、それでやっと40年前の猪木vsアリ戦ルールにひけをとらない、がんじがらめルールになったと思います。
しかし、問題は対戦相手です。対戦相手のボクサーが、この試合をどれほど理解できるか? 普通のボクサーは理解できないのは当たり前。ボクサーとしての技量よりも、これは与えられた試合に対する理解力が重要なのです。そこで、僕はマイク・ベルナルドの師匠のスティーブ・カラコダに声をかけた。スティーブなら僕のオーダーがすぐ理解できる。それこそ20年の信頼関係があるから「猪木vsアリ戦をやりたいんだけど、黒人で肩書きのある良いボクサーいない?」ですぐに伝わるのです。スティーブは、総合経験のあるボクサーを選んできましたが、驚いたことに試合は最初から最後までボクシングしかさせなかった。こちらの意図をよーく理解していた証拠です。
この試合はルールのハンディが勝敗を分けたのは確かですが、それ以上に対戦相手のモヨの頭の良さが田村に圧勝した理由です。田村が何をしようとしていたのか最後までわかりませんでしたが、それはモヨが待って闘ったからです。おそらく田村はモヨの攻撃に合わせて何かを仕掛けるはずでした。ところが、モヨは30キロ以上の体格差でガンガン前に出てプレッシャーをかけるものの、自分からは先に手を出さず、田村に攻撃させてカウンターを狙ってばかりいたのです。だから、田村は先にミドルを蹴るしかなかった。しかもモヨはボクシングのグローブをうまく武器に変えていたのです。田村にとっては予想外だったでしょう。
手がなくなった田村は、苦しくなって自然と猪木vsアリ状態になった。「寝てならローキックを蹴ってもいい」という状態に自然となったのは、この試合のクライマックスでした。それでも田村は立ち上がり、TKO負けを喰らった。「こうなったら、TKO負けしてもいいから立って闘うべきだ」と判断したのです。見ていたファンは田村のその闘いっぷりに感動したし、「猪木さんは立って闘っていたら、アリにKOされていたな」と言うファンも少なくありません。田村もモヨも、見事に役どころを理解し、この難しい課題に対して最高の答えを出した。それほど、中身のある試合だったと思います。
それにしても、タムちゃんは素晴らしい。こんな試合は若い格闘家にはなかなかできません。僕の知り合いは、この試合を見て何人も泣いていました。タムちゃんはこの一戦で、反響の差やバックグラウンドの差はあるにせよ、確実にアントニオ猪木を体感できたと思います。今の田村潔司はプロとして、本当に凄い!!