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カポエイラの先生が敵(菊野克紀)に塩を送ったら、敵の素晴らしさにやられちゃった話 <前編>

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文◎須田竜太(NPO法人カポエィラ・テンポ理事長)

文◎須田竜太(NPO法人カポエィラ・テンポ理事長)

 

新宿の大久保に道場を持ち、カポエイラを日本で広めるために活動しているカポエィラ・テンポ(http://capoeira.or.jp)というグループの代表をやっている、須田竜太といいます。

巌流島は当然最初からチェックしていました。

もちろん日本では珍しい本物のカポエィリスタ(カポエイラ使い)の総合の選手が出るという事でチェックしないはずはありませんでした。

(あと、昔高校生の時に骨法をやっていたので骨法の祭典をなんとなく思い出してテンション上がったのもあります)

日本ではそもそもカポエイラは、20数年前にストリートダンスの一種として入ってきました。

その前から出稼ぎに来ているブラジル人労働者達が小規模で活動はしていましたが、今より遥かに日本人との交流がなかったため、日本人の目に実際に触れる事はほぼ無かったと思われます。

その後、ブラジルで本格的に修行をした、自分の日本の師匠である矢部良先生が格闘技としてのカポエイラを日本で広めるために活躍し、様々な格闘技雑誌に取り上げられるようになりました。

カポエイラはそもそも格闘技、というか発祥は護身術、殺人術です。

もはや多くの人が知っている事とは思いますが、アフリカからブラジルに連れて来られた黒人の奴隷の人たち、彼らが身を守るため、逃亡した時に武器を持った追手と茂みの中で対峙する時のため、音楽の下、ダンスにカモフラージュしながら労働の合間に作り上げ、身につけた物といわれています。

(手枷を付けた状態で…はそういう事も少しはあったとは思いますが誇張です。四六時中拘束されているはずがないです)

護身術、殺人術とは書きましたが、そういった外に向けての力だけではなく、「自分たちには闘う力があるんだ、心は奴隷ではない」という彼らの心の中に向けられる力も大きかったでしょう。

今日、世界中でカポエイラが老若男女、肌の色に関わらず楽しめるようになりましたが、この素晴らしいカポエイラを残してくれた先人達への敬意を皆常に持っています。

そしてそれはカポエイラに対する誇りにもなります。

マーカス兄弟は世界有数のカポエイラ団体であるアシェー・カポエイラの創始者であるメストゥレ・バハォン(メストゥレ=マスター)からその思いを受け継いでいる、本物のカポエィリスタです。

メストゥレ・バハォンの「バハォン」と言うのは本名ではなく、あだ名です。

奴隷たちが主人に適当なあだ名を付けられて呼ばれていた名残とか、カポエイラが法律で禁止されていた時代に本名がバレないようにあだ名で呼びあっていた名残などと言われています。

そのため、カポエイラの世界ではその人の特徴を現すあだ名を付けられ、その名前だけで呼ばれる事が多いです。

例えばマーカス・レロ・アウレリオは「バハォンズィーニョ」と言います。直訳すると「小さいバハォン」となります。子供の頃から父親の様なカポエィリスタだったのでしょう。

マーカス・ヴィニシウスは「オッソ ドゥーロ」と言います。直訳すると「硬い骨」となります。これまた強そうです。

自分はレロの事はバハォンズィーニョという名前で認識していました。多くのカポエィリスタはそうだと思います。

ちなみに自分のあだ名は「リジェイリーニョ」といいます。意味は「敏捷」ですが、「落ち着きがない」という意味もあります。ダブルミーニングだったりと、カポエイラの組手のように遊びがあったりするのです。

「バハォン」は、強い奴によくブラジルで付けられる「バーハ」と言うあだ名を更にパワーアップさせたあだ名です。その力強さからこのあだ名が付けられたと思われます。

実際、ブラジルにおいてカポエイラの大会で優勝したりしていた強者です。

それでありながら卓越したミュージシャンでもあります。

彼のCDは自分の団体の練習中にも良く掛けています。ノリノリです。

そんな父親から心だけでなく強さと技術を受け継いでいる彼ら。

外国ではメディアが求める形に合わせてカポエイラは人々の前で披露されます。

なので多くの日本人はカポエイラの事をテレビや雑誌で見ている、「格闘技みたいなダンス」のイメージだけしか知りません。

もしくは近年取り上げられる事の多いフィットネスとしてのカポエイラ。

格闘技そのものなカポエイラは、あまりメディア的に求められないので知られていないのです。

ですが、カポエイラにも帯があり、高段者同士のカポエイラは全力で相手の頭を蹴りに行く格闘技です。

いつも全力です。

避けなかったやつが悪いという世界です。ガードしたら腕折れるし(自分は折れた事あります)。

倒し技もあります。

足払いを出さない奴は逆に失礼と思われます。

蟹挟みもあります。頭突きもあります。肘打ちもあります。張り手、裏拳もあります。

だいたい寸止めしてはくれますが、目潰しもあります(自分は目に入った事あります)。

流派によってはパンチもします(うちはしません)。

技はドンドン増えていきます。

彼ら兄弟が言っていますが、実はけっこう何でもありなのです。

常に階級は関係ナシですし。

自分がブラジルで見た一番の何でもありは、足が少し不自由で松葉杖を片手に闘うカポエィリスタ。

彼は松葉杖で身体を支えた状態で相手を蹴るのですが、ヒートアップしてくると松葉杖をぶん回して来るのです!

「マジかよ」と思いましたが、「これもカポエイラなのか!」と笑いながら感動したのを覚えています。

カポエイラは全力で蹴りまくっていますが基本笑顔です。

こんな何でもありなカポエイラ、しかもそのカポエイラのエリートでありながら総合格闘家でもあるマーカス兄弟。

そこに巌流島という、今までになくカポエイラに向いているルールを持ち、カポエイラのホーダ(集会。楽器と歌をバックに延々とジョーゴという組手が行われる場)と同じ円形の闘技場と言う形を持つ舞台が合わさったら、どんな楽しい化学反応を起こすのだろうと毎回楽しみでした。

と同時にマーカス兄弟の快進撃が続くにつれ、一抹の不安がよぎります。

「これ、そのうち対戦相手がカポエイラ団体に対策を習いに来るよね」と。

もしそうなった時、東京でGENスポーツパレスという格闘技施設に道場を持っているうちに打診して来る可能性は極めて高い。

実際に総合の選手は技を習いによく来る…。

いざそうなった時、その依頼を受けるべきか?断るべきか?

いや、断っても他のカポエイラ団体に行くよな…。

じゃあ俺がウソでも教えちゃおうか? カポエイラが負けたら困るから。

とかずっと思っていました。

そうしてたら連絡が来てしまったのです。

菊野克紀さんから。

巌流島での菊野さんのイメージはケビン・ソウザ戦です。あんな風にレロが負けたら困る!

菊野さんは非常に低姿勢で道場に入ってきました。

彼から感じたのは、「カポエイラを攻略してやろう」と言う雰囲気ではなく、「カポエイラを知りたい」という純粋な気持ちでした。

気がついたらとっておきの事をたくさん教えてしまっていました。

カポエイラの基本の避け方、いざという時の避け方。

間合いの取り方、そしてカポエイラの蹴り…。

黙々と、真剣な顔で取り組む菊野さん。

最初のうちはアシスタントのカツオが蹴る(自分は足を骨折していてお相手できませんでした)、頭を低くして手を付く後ろ回し蹴り(一般的にはメイア ルーアと言います)を顔をこわばらせて避けていたのですが、練習時間も半分を過ぎてくると表情に余裕が見えてきました。

0914

あれ、ヤバイ。

完全にカポエイラの蹴りに目が慣れてるぞ。

いやいや、対戦相手のレロの蹴りの方がもっと速くて重いから大丈夫…。

あ~、何度も懐に潜り込んでいる。それ、レロにやらないでほしいな~。

あれ、菊野さんもメイア ルーアを合わせて来るぞ。

試合で実際に突然コレ出したらレロは驚いて当たるかも?

あれ~、普通にカポエイラできてるすげ~。嬉しい~。

と、なんだか色んな思いが頭の中を回っていました。

“今、明かされる山城美智師範直伝!「これがカポエイラ完全攻略法」だった!”を読んでとても納得がいきました。

菊野さん、これを試していたのか…!

しかし、ここまでカポエイラを外部の方が武術的に研究対策してくれたのは世界初なのではないでしょうか。

不思議な嬉しさをこの記事を読みながら覚えました。

…そして練習終了。

楽しく談笑しながら、映像で見てわかったレロの蹴りの癖とかを少し教えてしまう。

そしてもしも勝っちゃったら菊野さん、カポエイラでパフォーマンスしちゃってくださいよ!

いや、レロと一緒にカポエイラしましょう! もうできてるし!

とか言って笑い合ったり…。楽しかった。今日始めてお会いしたのに。

最強の人は敵を作らない人だよなあ。

こんなにカポエイラを好きになってくれて真剣に取り組んだ菊野さんは、対戦でレロのカポエイラを極限まで引き出してくれる。

レロの凄まじい蹴りを紙一重でかわし続け、観客を沸かす菊野さん。

その結果、レロが今まで総合の試合で出していない物を巌流島の観客の前で見せてくれる。

相乗効果で何かを起こしてくれる。

きっとそうだ、この人なら、と思えてきました。

彼はカポエイラに対して尊敬の念を持って接してくれている。

だからこそ強いんだろうな。

常にそうだけれど、菊野さんは対戦相手を敵として捉えていない。

カポエイラのジョーゴ(組手)と同じように、最後には笑顔で2人が握手している姿が目に浮かびました。

結果がどんな形であっても。

そしてどんな形であっても、カポエイラ界的にはオイシイ結果になるはず!

と、下品な希望を膨らませて、当日息子2人と、カポエイラの楽器を手に観戦に向かうのでした。

カポエイラの先生が「巌流島ADAUCHI 2017」を観て、菊野さんにもカポエイラにも巌流島にも感動した話に続きます。

 

9・2巌流島のレポートはコチラ⇒
『ADAUCHI 2017 in MAIHAMA』

 

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