「かつてはCACCイコール、プロレスだったんです」 UWFの頭脳・宮戸優光がキャッチに魅せられた理由!
宮戸優光(UWFスネークピット・ジャパン代表)インタビュー
聞き手◎柴田和則
キャッチ・アズ・キャッチ・キャンについて、いまいちよく分からないという人は多いのではないか? アマレスやプロレスとどう違うのか? UWFとの違いは? そんな疑問をUWFスネークピット・ジャパンの宮戸優光氏にぶつけてみた。その中で育った鈴川真一と蓮見隆太は、1・3巌流島で何を見せられるか?
鈴川には学校体育ではできない体力とオーラがある
——1月3日に向けて、鈴川真一選手と蓮見隆太選手の調子はいかがですか?
宮戸 おかげさまでいい調子でやっています。
——そもそもなぜ大相撲出身の鈴川選手がスネークピットジャパンで練習しているんでしょうか?
宮戸 もともとは鈴川選手が相撲からプロレスに入るときに、僕がアントニオ猪木会長のもとで現場部長をしていまして、そのときに僕に頼むということで。デビューまでと、その後も1~2年くらい一緒に練習していました。それから少し間が空いたんですけど、鈴川選手が練習場所を探しているということで、またうちに戻ってきて練習するようになったんです。
——ということは宮戸さんにとって、鈴川選手は愛弟子のようなものですか?
宮戸 最初に相撲で140キロあった彼の体を30キロくらい減量してレスラーの体に肉体改造して、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(以下CACC)の基本を教えたのは、スネークピットジャパンなので、そういう意味では、はい。
——鈴川選手の優れているところは?
宮戸 やっぱり15歳で相撲の厳しい世界に入って、幕内まで上がっている。その鍛え上げた体っていうのはすごいものがありますよね。15歳の体が一番成長するときに鍛えられたっていうのは、学校の部活動で鍛えた体とは違いますから。プロレスでも昔は15歳くらいで入門していましたけど、いわゆるスポーツジムで作られた体とは違いますよね。そういう特殊な世界で鍛え上げた体というのかな。それはもう今の選手にはなかなかないものです。あれは学校体育で作れる体ではないですから。その強さっていうのは、他とは比べ物にならないですよね。
——精神的な部分でも鍛えられ方が違いますか?
宮戸 鈴川選手はプロという世界を知っていますからね。自然に出てくるオーラというか、華がありますよね。
——相撲とCACCを経てきた鈴川選手は、巌流島ルールで活躍できそうですか?
宮戸 CACCといっても彼はまだ日が浅いですが、相撲で身につけた技と、それにCACCのエッセンスを加えて闘ってくれればと思います。勝ち負けはついて回るものですけど、そこを考えるのではなく、これまで培ったものを出し切ってもらえればいいんじゃないかと。
——宮戸さんはそもそもなぜCACCを始めたんでしょうか?
宮戸 僕はアントニオ猪木会長と、ビル・ロビンソン先生の試合を見て、プロレス界に入ろうと思ったんです。それからUWFインター時代に、鉄人ルー・テーズさんと知り合い、ビル・ロビンソン先生を紹介してもらいました。それが1992年ですね。それ以来、CACCのすごさに改めて魅了されて、1999年にスネークピットジャパンにロビンソン先生をヘッドコーチで招いて、先生が10年間、日本に住みながら僕らを指導してくれたんです。
——レスリングの原型がCACCだと伺いました。
宮戸 かつてはCACCがイコール、プロレスだった時代がありました。ヨーロッパにあったCACCがアメリカに渡って、それがプロレスになり、アマレスのフリースタイルになったんです。歴史はアマレスよりもプロレスのほうが古くて、さらにその源流がCACCだったんですね。そういう意味ではCACCがプロレスであって、私がその源流に出会ってまた戻っていったという感じですね。
——宮戸さんから見て、ビル・ロビンソン先生のすごいところとは?
宮戸 ビル・ロビンソン先生ご本人がいれば、「俺がすごいんじゃない。CACCがすごいんだ」と言われると思います。ロビンソン先生はCACCを本当にきめ細かく学ばれて、あれだけ体が大きい方なのに、レスリングの指導で組んだ時にまったく力が入っていないんです。力があるのに力を使わず、レスリングの細やかなところを身につけられて、それを指導してくださる。ロビンソン先生の指導は本当に細かいですよ。あの細かさについていける人は、なかなかいないかもしれないですね。
——繊細なイメージの日本人でもついていけないほど?
宮戸 そうですね。本当に細かく指導しますからね。それがマニアックですごく面白いんですよ。今のプロレスからはCACCの要素は消えちゃって、同じルーツのアマレスでもだいぶ消えちゃっていると思うんですよね。本来の武術的なレスリングといいますかね。その点、巌流島はそういう武術的なものが色濃く残っていますよね。いわゆる総合格闘技と呼ばれるものよりも、それぞれのジャンルが際立つというか。その中で歴史のあるCACCが、今のファンにとっては新しい響きの格闘技として出させていただけるので光栄に思います。もちろん巌流島とCACCのルールはずいぶん違うわけですけど、その中でいかにCACCらしさを出せるかというね。そこもプロとして一つテーマになってきますよね。
——90年代前半にグレイシー柔術が世に出てきて、日本にも衝撃を与えたわけですが、CACCとしてはあの現象をどう見ていたんですか?
宮戸 あの頃にはCACCは失われていたんですよ。当時でもCACCを学んで次代に残せる先生がいたとしたら、ヨーロッパにロビンソン先生の師匠格のビリー・ジョイスという方が一人いたのと、あとはルー・テーズさん、カール・ゴッチさんがいたくらいですよね。そんな中、あのタイミングでグレイシー柔術が出てきてくれたのは、いいきっかけになりました。柔術というものも柔道の源流でありながら、日本では失われていた。それがグレイシーという形で、日本人を柔術の時代に戻してくれたといいますか。
——源流であるはずの日本人が逆に外部から教えられた。
宮戸 そのときにハッとしたんですね。我々の源流はどこに行ったんだろうと? あのときプロレスが負けたと言われたけど、かつてのCACCであればどうだったろうかと。そういう疑問の中で、CACCの現状に気づいて、このままでは失われてしまうと。そういう気づきがあって、99年にスネークピットジャパンを開いたわけですけど、それから20年かかっちゃいましたよね。うちもCACCを前面に出すようになったのは、この1~2年のことですよ。それはなぜかというと、ここでロビンソン先生の教えを受けましたけど、教わりながらも我々は手探りでした。やっと人様に伝えられるようになるまで、20年かかってしまったというのが正直なところです。自分に理解できていないものを人に伝えるのは違うだろうと思って。
——UWFがいわゆるCACCなのかなとも思っていたのですが。
宮戸 そこはまったく違うものですよ。もちろんルーツはかぶっているんですけど、まったく違います。UWFで学んだときの意識が邪魔になるくらいです。自分で思い込んでいる型や感覚があるので、ロビンソン先生が本当に教えたいものは何なのかが最初は何年も分からなかったですよ。やっと分かり出したのは、ロビンソン先生の指導を受けてから10年経った頃。ちょうど先生が日本から引きあげる頃に、やっとおぼろげに見えてきて。そこからさらにようやく見えてきたのがここ数年ですよ。20年丸々かかっちゃいましたよね。
桜庭和志は優秀なCACCレスラー!
——では今こそCACCを人々に伝えるタイミングだと言えるわけですね?
宮戸 やっと伝えられるようになったかな、というところですよね。スタート地点に立ったかなと。
——まだスタート地点ですか?
宮戸 ゴールはないですからね。じゃあビル・ロビンソンを超えたのかと言われると、そんなわけはないし。今の自分で満足していたら、ビル・ロビンソンに近づくことも、それ以上の何かをつかむこともできないわけですし。何年か前にCACCの技術書を出しましたけど、あれは実は20年前でも出せる内容なんですよ。CACCを始めて1~2年の人にはこのくらい出来てほしい、という内容しか載せていないわけですから。だけど僕の中ではまったく意味が違うんですよね。2年で出せるものですけど18年かかった意味が、僕の中では確実にあるんです。
——行間の中にそれがあるというか。
宮戸 そういうことですね。でもそれは分からない人には絶対に分からない。じゃあ写真のこの動きをやってみなっていうね。やれるっていうけど、じゃあ本当にできるかやってみなって。そういうものが入っていますよね。始めて1年の人がやる基本のABCしか書いていないですよ。でもそのABCの深さというね。
——それでもUWF出身の選手が総合格闘技で活躍できたのは、違うものとはいえ、彼らなりのCACCのエッセンスを持っていたからでしょうか?
宮戸 ああ、それは持っていましたね。特に桜庭(和志)は持ってましたよ。持ってましたというか、今になってそれがよく分かりますね。ロビンソン先生が桜庭のことは特にかわいがっていて、「彼はグッドレスラーだ」って言っていましたから。最近よく桜庭と一緒にセミナーをやるんですよ。そこで今見ていると、ロビンソン先生が桜庭を認めていたのはこういうことか、なるほどなってよく思います。
非常に細かい部分ですけどね。精神的な意識の部分であったり。まずCACCの基本は安全であることなんです。安全であることを非常に重視する。レスリングで博打はするなっていう。片方がアキレス腱固めをかけて、もう一方もアキレス腱固めで返す攻防がよくプロレスでありますよね。ロビンソン先生は絶対にそれを許さなかった。それはフィフティ・フィフティだろと。それはギャンブルなんだと。レスリングの中でギャンブルはするな。まずは自分が安全になる。あくまで自分が有利な状態になってやるんだと。桜庭はそれとまったく同じことをしているんですよね。まぁ、桜庭は彼特有の感性でやっている部分もありますけどね。
——まさに武術に近い感覚ですね。今度、巌流島に参戦する蓮見選手は世代的に生粋のCACC選手になりますよね?
宮戸 彼はプロレスの道場を経ていないので、あの特殊な環境で育つ人間とは違いますよね。昔のプロレスや相撲というのは、あの特殊な世界の中で、特殊な人間が出来上がるわけですよ。良いも悪いも含めてね(笑)。そういう時代と違うのはありますよ。でも彼はここで何年もピュアCACCを学んできているわけで、新しい時代のCACCやプロレスの形を見せられる人間ですよね。僕が昔なら分からなかったものも今なら伝えられるのでね。そういう意味では、昔の選手たちになかった技術も彼は身につけていますよ。
——宮戸さんから見た巌流島の印象というのは?
宮戸 ジャンルは人が作るものであって、今の巌流島でいえば菊野(克紀)さんが担っているものはすごく感じますよね。トップに立っている選手がどんなエネルギーを発信しているのか。これがそのジャンルを大きく左右しますよね。無名な競技でもエネルギーを持った、メッセージを持った人が現れると、世に出てくるというか。プロレスだって力道山先生がいなかったら、あんな時代はなかったと思います。あれが他の人だったなら、ああはなっていなかった。アントニオ猪木会長がいたからこそ、新日本プロレスのあの時代があったわけで。そういう意味で、今は巌流島と菊野さんが発するエネルギーが目に見えないメッセージになっていると思います。いくら言葉で言っていても、実際に違うものだったら、矛盾が生じるし、お客さんに見透かされますからね。そういう意味では、巌流島はその部分がガッチリとはまっていますよね。
——無理していたら、どうしても嘘が漏れ伝わってしまいますよね。
宮戸 実は試合のルールを見ているお客さんはいないですよ。そこで何が伝わるか、プロの世界ではそれが大事になってくると思います。巌流島はコンセプト、闘い、エネルギー、メッセージというのが合致している。それを伝えきれる人物がいるというのは、あらゆるリング、あらゆるジャンルでとても大事です。人がいないジャンルはもう伸びないので、人を出せるかどうかですよね。
——お客さんは人間を見に行っている?
宮戸 あらゆるジャンルでそうでしょう。
——そういう意味では、巌流島は“人”を出していけそうですか?
宮戸 それはそのジャンルが次の世代を生み出せるかどうかですよね。人を消耗していく組織だったら潰れちゃいますよ。始めたときが最高で、そこからどんどん消耗して衰退しちゃうっていう、そんな団体も過去にありましたよね? どこの団体とは言わないですけど。人を生み出せなかったら終わりですよね。
——人を育てる構造というか、世界観が作れるかどうか。
宮戸 人が生まれてくる世界というかね。でも巌流島はそういう空気になってきていますよ。その中にCACCも入って、少しでもお役に立てればいいなと思っています。鈴川、蓮見としても、そういう素晴らしい舞台に上げてもらえるのは有り難いことだと思いますよ。
——では鈴川選手、蓮見選手にも、巌流島の舞台で彼らの人間力を見せつけてほしい?
宮戸 結果として、そうなればいいですけど、とにかく精一杯やることですよ。過去に人間力を見せようとして見せられた人はいないと思いますので。結果的にそうなったわけであって。かっこつけるのじゃなしにね。かっこつけることこそ、まさに見せようとしているわけで。そうではなく一生懸命やって、そこに何かを感じてもらえたらいいですよね。