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異種格闘技戦は大きな矛盾。巌流島は武術の中心点を模索するしかない!

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niconico動画の『巌流島チャンネル』でほぼ毎日更新していた「ブロマガ」が、オフィシャルサイトでパワーアップして帰ってきました。これまでの連載陣=谷川貞治、山田英司、ターザン山本、田中正志、山口日昇に加え、安西伸一、クマクマンボ、柴田和則、菊野克紀、平直行、大成敦、そして本当にたまに岩倉豪と、多種多様な方々に声をかけていく予定です。ぜひ、ご期待ください!

6月16日(木)のブロマガ………お題「40年前の猪木 vs アリ戦を見て、異種格闘技戦を考える!」

文◎山田英司(『BUDO-RA BOOKS』編集長)

文◎山田英司(『BUDO-RA BOOKS』編集長)

 

モハメッド・アリの追悼で、アリ、猪木の異種格闘技戦が放映されていたが、そのテレビ局の感性にまず、驚かされる。アリはボクシングの歴史に残る名王者であり、対フォアマン戦のキンシャサの奇跡、対フレージャー戦のスリラーインマニラなど、ボクシングファンの記憶に残る伝説の名勝負を数多く残した。

しかし、名王者アリの唯一の汚点であり、抹消したかった暗い過去が、プロレスのリングで、茶番を演じたことだろう。その汚点を追悼番組で流す感性は、アリ自身に対してはもちろん、ボクシング界に対するリスペクトも微塵にも感じられず、怒りさえ覚える。

そう言えば、かつて某局がアンディ・フグの追悼番組を放映した時、生涯戦績で他局で行なった試合が削除されていたことを発見した時も、私は強い怒りを覚えた。しょせん、地上波の格闘技に対する理解度などは、この程度のものだ。

不毛なアリ、猪木戦を詳しく語っても格闘技や武術にとって何も得るものはない。ここでは、異種格闘技戦というコンセプトに絞り考えてみる。もちろん、両者が真剣に勝ちを競う前提の異種格闘技戦であり、プロレス絡みの異種格闘技戦は考察の範疇外である。

そんな異種格闘技戦が本質的に抱える矛盾に気づかされたのは、忘れもしない私が小学5年生の時。当時、近所の小学校の体育館で開かれていた剣道教室に熱心に通っていた私は、そこで衝撃的な異種格闘技戦を見た。

何を考えたのか、先輩達はある日、薙刀を抱えて訪ねてきた女子達と五対五の異種格闘技戦マッチを行なった。

小学生の我我にとって、教室の先輩の高校生や社会人の動きは、目にも止まらぬほどの速さと迫力があり、こんなに強い人達は日本にもそうそういないだろうと思っていた。

そんな先輩達が本気でか弱そうな女子達を相手にしたら、大変なことになる、と思い、勝負を見つめていると、先輩達はあっさりと負けてしまった。勝負が始まり、スネを打たれると剣道は何も出来ない。四連続で薙刀に負け、最後は教室の先生が薙刀の先生と立ち会った。剣道の先生が面を狙って飛び込むと薙刀の先生は、スッと薙刀を横に落とし、わざと勝ちを譲った。八百長だ、と子供心に思ったが、ルールが違うとは言え、この惨敗はショックだった。私はそれ以来剣道教室に行かなくなったので、そのショックのほども伺えよう。

剣道の技術は剣道ルールの中で有効だが、一つルールの幅が広がるだけで、その技術は全く通用しなくなってしまう。異種格闘技戦は見る側にとっては面白いが、やる側の人間はルールの体系内にいるので、測定基準をずらした試合、すなわち異種格闘技戦は上達論的に見て、大きな矛盾にぶつからざるを得ない。私は小学生の時、早くもこんな矛盾と向き合ってしまった。

さて、異種の格闘技のトップクラスの実績を持つ者同士が真剣勝負で戦った例はそう多くない。まず、思い出されるのが、1974年に行われた藤原敏男対西城正三戦だろう。藤原は当時は全日本王者で後のラジャ王者、西城は元ボクシング世界王者、という肩書きからして、これ以上のビッグネームの激突はない。試合はもちろん、藤原の3ラウンドTKO勝ちで、圧倒的に力の差が見えた。

 

 

また、意外に知られていないが、その試合の少し前には、日本人で最初にムエタイ世界王者になった島三男と、ボクシングでルーベン・オリバレスと年間最高試合を行なった金沢和良のキックの試合も行われている。こちらは島がパンチで1ラウンドで凄まじいKO勝ちをした。どちらもキックとボクシングのトップクラス同士の試合だったが、キック側が圧勝した。キックのリングではボクサーはパンチを使えるが、長いリーチのローキックには全く対応できない。それはまさに剣道対薙刀の試合の再現そのものだった。

ボクサーがパンチを使うことは禁じられていない。だからキックのルールでキックボクサーと戦うのは公平な条件か?と果たして言えるだろうか。どう考えてもキックルールに慣れている選手が有利になるのは自明の理である。打撃同士だと比較がしやすい。

さて、同じことが実は総合ルールでも言える。打撃しか知らない打撃選手が寝技のある総合ルールで戦った時、総合ルールに熟練した選手にはまず勝てない。仮に総合ルールで柔術の王者と打撃の王者がぶつかったら、果たして公平と言えるのか?というテーマと重なってくる。

これまでは、ボクサーも、打撃選手も技が制限されるわけではないので、公平だ、と判断されることが多かった。しかし、じつはルールを最小公倍数的に広げていくと、技の細分化が進んだ格闘技ほど不利になる、という単純な法則が見えてくる。だからと言って、もっと幅を広げていけば、安全性や競技性の問題が出てきて、試合が成立しない。

これが異種格闘技戦の抱える大きな矛盾である。

そもそも格闘技の本質は、幅広い武術を細分化し、スポーツとして成立させたものだ。異種格闘技戦とは、その細分化の幅を変える為、格闘技の成立基盤を根本から崩すことになる。この構造を理解せず、安易に異種格闘技戦を語ることはできない。

では、どうすれば各武術や格闘技を公平に戦える異種格闘技戦が行えるのか?各武術の異種格闘技戦をテーマにする巌流島にとっては切実な問題だ。ルールの幅を広げていくことが、理論的に矛盾を抱え、かつ現実的でないからには、後は最大公約数的な発想に変えていくしかないのである。無論、これは理論上のことで、各武術、格闘技から等距離の中心点が設定できるか、というと現実的には難しいだろう。様々な問題点、矛盾点が新たに現出してくるだろうが、これは仕方がない。

平たく言えば、全ての武術や格闘技が、等しくハンデを負うルールがあれば、それが理想的な異種格闘技戦のルールである。賭けを前提とするムエタイでは、両者の賭け率を五分五分にするために、ハンデ戦という発想がある。強すぎる選手は体重ハンデをつけたり、極端な時は一試合で2人と戦わせたりする。

もし、剣道対薙刀だったら、薙刀のスネ打ちは禁止。ボクサー対キックボクサーだったら、キックボクサーのローキック禁止。こうした前提なら賭けも成立するかもしれない。

このような最大公約数という視点から巌流島ルールを見ると、結果的に多くの武術の中心点に、かなり接近してきているのではないか。前回の試合では、寝技のサブミッションがあれば勝てた、というクレーム選手もいたようだが、そもそも打撃自体も急所攻撃が禁止された上で、実戦で最も効果を発揮する集団攻撃や武器の使用がこのルールでは禁じられている。寝技はそうした前提から発達した技術だと言う認識がないため、設定する中心点がずれているのである。

今後、巌流島が世界の武術、格闘技の公平な異種格闘技戦の場を目指すからには、常に広い武術世界を認識し、その中心点を模索し、微調整していく作業が不可欠になるだろう。