BLOMAGA巌流島ブロマガ

アリと猪木は差別をアイデンティティーとして生きた! そこに異種格闘技の原点がある!

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niconico動画の『巌流島チャンネル』でほぼ毎日更新していた「ブロマガ」が、オフィシャルサイトでパワーアップして帰ってきました。これまでの連載陣=谷川貞治、山田英司、ターザン山本、田中正志、山口日昇に加え、安西伸一、クマクマンボ、柴田和則、菊野克紀、平直行、大成敦、そして本当にたまに岩倉豪と、多種多様な方々に声をかけていく予定です。ぜひ、ご期待ください!

6月8日(水)のブロマガ………お題「7・31巌流島で楽しみにしている試合」

文◎ターザン山本(元『週刊プロレス』編集長)

文◎ターザン山本(元『週刊プロレス』編集長)

 

サムネ

1976年6月26日、私は30歳だった。その頃、何をしていたのだろうか?

ほとんど忘れたよ。関西から東京に出て来たのが1980年5月。その前、3年間は「週刊ファイト」で働いていた。さらにその前は? 映画館だあ。大阪はみなみの千日前セントラルという女性映画専門のロードショー劇場。思い出したよ。猪木-アリ戦はたしか日曜日の昼に行われた。全世界にその試合が流されたからだ。

私は梅田の場外馬券場にいた。そうしたら、どこかの店のテレビが猪木-アリ戦を映し出していた。こっちは馬券に夢中。それどころではない。チラッと一瞬、見ただけ。翌日の夕刊紙を買うと何やら「世紀の茶番劇」という大見出し。猪木がマットに寝て闘ったからだろう。まあ、世間はいつだってそういう見方をする。今に始まったことではない。

その後、なんの因果か私はブロレス記者になった。その時、現場にいなかった以上、私には何も語る資格はない。だから勝手な想像、妄想を言わせてもらう。ずばり、アリも猪木も差別を自己のアイデンティティーとして生きて来たところがある。

アリは20世紀における世界的ヒーローである。しかしアメリカ社会における黒人差別は根強い。それをアリはイヤというほど体験してきたはず。どんなに世間から称賛されるスーパースターになっても、その気持ちは決して変わらない。人とは別格の存在になればなるほど、どこか悲しい思いになる。それがアリの真の姿だよ。

猪木はプロレスラー。プロレスが差別されたジャンルであることを痛いほど熟知している。それへの反発。反抗。むき出しとなった情念、怨念。それがアントニオ猪木だ。常に世の中をあっと言わせることに執念を燃やした。その最高の舞台がつまりアリ-猪木戦だったのだ。

相手はボクシング・ヘビー級の現役のチャンピオン。それもアリだ。猪木陣営はプロレスの価値を今こそ世界に知らしめるべく、大ばくちに打って出たのだ。注目度抜群。新聞の一般紙まで取材に来た。ところが試合内容は? 非難ゴーゴー、猪木への大バッシング。異種格闘技戦で引き分け? そりゃみんな失望するよ。プロレスファンからすると単純に猪木に勝ってほしかった。

とにかく我々は、あの世紀の一戦を今日まで猪木側からしか見てこなかった。もしアリの立場になって考えてみるとどうなるのか? アリは仮にもプロレスのリングに上がって試合をしたのだ。それがまず普通はありえない。まったく上がる必要がないからだ。しかも完全なアウェイ。

その時、一体、アリは何を思ったのか? プロレスというものの本質とその魅力、ポクシングにはない異質な時空。それを感覚として一瞬のうちにとらえた。プロレスラー、猪木の有り様も即座に理解した。ああ、この男はこういう生き方をしてきたんだという感慨。アリだからそれをキャッチ出来た。

猪木にとってアリは、倒すべき最も価値観のある存在。ブロレスと世間の間には決定的国境線がある。アリはプロレスからすると国境線の外にいる人間。だがアリには国境線はなかった。ここが最大のポイント。アリは猪木に対して大いなる親近感を持った。もしかすると自分は有名になり過ぎて心の中で失いつつあったものを、猪木を見てハッとなって気がついた。これはもうアリだけの秘密である。猪木がアリ戦で画策した目的、戦略、野望はあさっての方に飛んでいった。これは猪木にとって予想もしていなかった展開。

アリ-猪木戦は誰のためにあったのか? もちろんそれを企画した猪木のためだった。だがここに来て新たな視点。そう、アリ-猪木戦はアリのためにあったのだ。アリ-猪木戦のおかげで、その後、猪木の知名度、ネームバリューは上がる一方。それは全てアリが猪木のことを認めたからだ。それに尽きる。違ったところで差別されたもの同士が、まさか心の合鍵を持っていたとは。アリってなんて凄い人なんだよ。

巌流島には「これぞ異種格闘技!」と唸るような闘いを期待したい。