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「猪木vsアリ戦」40年目の検証で問う「公平な異種格闘技戦とは何か!?」

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お題………………「異種格闘技戦の矛盾と醍醐味」

文◎谷川貞治(巌流島イベントプロデューサー)

文◎谷川貞治(巌流島イベントプロデューサー)

 

「異種格闘技戦」と「総合格闘技」は根本的に違う。まず、そのことをしっかり整理しておく必要があるだろう。

今日のMMA、つまり「総合格闘技」のベースを作ったのは、ご存知のとおりグレイシー一族。しかし、グレイシーの発想はどちらかといえば、異種格闘技戦に近かった。彼らは他流派の格闘技と闘う場合、「ルールはどうするか?」という一番の難題に対し、「ルールなし」「なんでも有り」が一番公平だろうと主張した。これはダメ、あの技を使っちゃいけないということ自体、ルールの取り合いとなり、真の決闘とはならない。だったら、ルールなんて決めないで、目つき、噛みつき、髪の毛を引っぱる、金的攻撃という人道に反する行為以外は、一切何をやってもいい。それで、どの格闘技が一番強いか決めようじゃないか! そういう強烈な主張に対し、当時、他の格闘技はグウの音も出なかった。それほど、「なんでも有り」の発想は強烈な説得力があった。そんなことできるのか? やってもいいのか? と慌てふためいた。その発想のもと、UFCはスタートを切ったのである。

しかし、この「なんでも有り」の発想で闘ってみたら、意外なことにその格闘技が持つ個性はほとんどが打ち消されてしまった。ボクサーがボクシングのパンチを使えない。キックボクサー、テコンドー、空手の選手が、自分たちの練習してきたキックが使えない。柔道家は柔道の投げ技が使えない。そういう衝撃的かつ意外な結果を生んだのである。

これはグレイシーの罠でもあった。「なんでも有り」は一見、どんな技も自由に使いこなせ、自分たちの格闘技の技を存分に使えそうに聞こえるのだが、「なんでも有り」で効率よく勝つというのは、相手の良いところを全て消すことにあったからだ。まず、相手の技を封じるには接近して、密着すること。タックルしたり、引き込んだりすることで、グレイシーは立ち技の打撃や投げ技を封じ込んだ。そして、寝技でも密着して、最終的にはサブミッションで屈服させる。せいぜい、通用したのはレスリング系の選手だけ。しかし、レスリングには明確なサブミッションがない。それを「なんでも有り」という魅力的な言葉を使って、実に様々な格闘技を集め、それが通用しないことを証明したのだ。日本での一番の犠牲はプロレス。今から考えると、プロレスラーは皆、柔術の試合に出て行って負けたようなものである。

こうして、いろんな格闘技は「なんでも有り」で勝つために、グレイシー柔術になるしかなかった。「なんでも有り」=公平という理屈で、彼らは世界中の格闘技を柔術に変えていったのである。これは実に巧妙だったと言わざるを得ない。しかし、果たして「なんでも有り」は本当に公平な異種格闘技戦だったのだろうか? 自分たちの技が消されるというのは、グレイシー柔術有利な異種格闘技戦ルールだと言えないか? そこを「なんでも有り」という言葉の持つインパクトにかき消され、すっかりごまかされたような気がする。断っておくが、ここでグレイシー柔術自体を批判しているのではない。あれは世界中の格闘技の盲点を突く発想の凄い格闘技だったし、僕は個人的に大好きである。

一方でUWFが始めた「総合格闘技」の運動体や、ズッファ社がUFCを買収してメジャーになったMMAは、総合格闘技=異種格闘技戦の発想とは少し違う。彼らは、パンチ、キック、投げ、関節技と、あらゆる攻撃を認めながら、それをルールあるスポーツとして成立させようという思いが強かった。彼らは「公平な異種格闘技戦」という発想ではなく、根本的にMMAルールの競技を作ろうと発想した集団である。彼らにとっては、スポーツそのものが公平なもの。だから、どの格闘技が有利だとか、思考することはなく、ルールを作ってしまえば、それが公平なんだという発想で完結している。

スポーツ崇拝主義の西洋人は特にあっさりしたもので、この大会はヒジはあるのかないのか? 寝技に制限はあるのかないのか? そういうルールを一つ一つ確認し、淡々とルールどおりにこなす。日本の伝統武術のように、「そういうルールだったら撤退する」とあくまでも異種格闘技戦にこだわるグレイシー柔術のようなことはない。今のUFCをはじめとするMMAは、こうして完全な一競技であり、スポーツのジャンルである。だから、公平な異種格闘技戦というより、面白いルール、過激なルールが議論の対象になるのだ。

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今回、猪木vsアリ戦を見て面白いと思ったのは、公平なルールを巡って散々揉めたことだった。それこそ、異種格闘技戦の原点。あの闘いはまさにライオンとワニの闘いだった。ライオンはワニを「陸地に来い!」と誘い、ワニはライオンに「水の中に入って来い!」とお互いに見合ったまま、15Rが過ぎた。もしかしたら、両者の間の水際で噛み合うようなルールがあったかもしれない。そこが知りたいために今回、田村潔司vsボクサーの試合を組んだのである。

「公平とは何か?」………お互いの技を封じ込むのではなく、生かす異種格闘技戦。グレイシーとは全く逆の異種格闘技戦ができないか? そこから考えようというのが、今回の「公開検証Final」のテーマである。ルールを見る限り、猪木さんや当時のファンが思ったほど、猪木さん不利ではない。ボクサーにとって、キックを入れるだけでかなりのハンディになる。むしろ、ルールを見ても何が良くて何が反則なのかよく分からない。そもそも、プロレスというジャンルをルールに盛り込むこと自体、無理がある。このルール表を見ても、どうやって闘ったらいいかすらよく分からない。何せ、40年前は猪木さんに卍固めで勝ってほしいと願った時代だ。

では、猪木vsアリ戦を現代に再現したらどうなるか? テーマは「公平な異種格闘技戦!」。もはや40年前に比べて、総合格闘技やK-1などで強さの測定は散々やってきたし、ファイターもファンも、闘いについての知識が比べものにならないくらい上がっている。また、格闘技の技術の進化も目覚ましい。ある対談で、青木真也選手が「猪木vsアリ戦」について、当時は「八百屋vs魚屋」で全くお互いに関係のないもの同士の闘いだったけど、今は「八百屋が魚屋のことを知っているし、魚屋も八百屋のことを知っている。つまり、コンビニvsコンビニのような闘いになる」と語っていて、確かにそのとおりだと思った。

さて、実際はどうなるのか? まずはルールの改良、そしてもう一度「猪木vsアリ戦」をやってみて、「公平な異種格闘技戦とは何か?」を皆さんに問うてみたいのである。

 

[猪木 vs アリ戦・最終ルール]

1、試合時間

3分×15R

2、採点法

1人のレフェリーと2人のジャッジが5点法で採点。

3、装備

a)、ボクシング用のトランクス、プロレス用のタイツ

b)、ボクシング用のシューズ、プロレス用のシューズ

c)、ボクシング用のグローブ、空手用の保護グローブ、素手、またはバンテー

ジ着用。各ラウンド、選択は自由。

d)、バンテージを巻く場合は、相手が承認したもの。バンテージは、日本のボ

クシングコミッション、及びレスラーの代表に監督させる。

e)、いかなる物質を身体やグローブに塗ってはならない。ケガは例外。

4、試合の決着

a)、15R終了時、レフェリー、ジャッジの合計得点が多い方が勝ち。

b)、フォール=両肩(肩甲骨を含む)がマットについて3カウントを経過した時。

c)、KO=ノックダウンして10カウントを経過した時。

d)、ギブアップ=競技者、セコンドが棄権を申し出た時。

e)、ドクターストップ

5、反則

a)、拳でベルトの下を打つこと。

b)、ヒジ打ち、ヒザ蹴り。

c)、頭突き。

d)、目突き。

e)、後頭部、腎臓への打撃。

f)、プロレスのチョップ。

g)、喉への打撃。

h)、プロレスで認められているキックは禁止。ただし、ヒザをついたり、しゃ

がんでいる状態の時は、足または足の甲、側を使って、相手を倒す足払い

は、認められる。

i)、ギブアップを迫る場合は、相手に意思表示をするチャンスを与えなければ

ならない。

j)、大きな反則を犯した場合、または1、2回の警告の後の反則は、レフェリー

が、失格を宣言できる。

k)、レフェリーがブレークした後の攻撃は禁止。

6、規定

a)、ボクサーは立っている時はボクシング・ルール。寝技になった時でもパン

チは打てる。レスリング・スタイルに変更する権利を持つ。

b)、レスラーは反則とされる他のプロレスルールに従う。

c)、2人とも立っている時はパンチはできる。ホールドしている時はパンチで

きないが、腕で打つことはできる。

d)、競技者がロープに触れた時はブレイクとなり、リング中央へ戻る。

e)、競技者がリング下に転落したら、20カウント以内にリングに戻らなければ

ならない。

f)、パンチでダウンした時は8カウントまで数え、その間は攻撃できない。

 

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