GANRYUJIMA BLOG巌流島ブログ

4・21 RIZIN見にいってきました! 平成最後の格闘技。次は令和最初の武道イベントへ

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文◎谷川貞治(巌流島プロデューサー)

文◎谷川貞治(巌流島プロデューサー)

 

昨日は行ってきましたよ、4.21 RIZIN

私はK-1プロデューサーを降りてから、ほとんど格闘技会場に行ってませんでしたが、昨年末の大晦日と今回のRIZINはしっかりと会場でライブで見させていただきました。まあ、同窓会のように懐かしい顔ばかりです。

特に横浜アリーナは「K-1の聖地」として、何十回も使用させていただいた会場。アンディ(・フグ)がパトリック・スミスにリベンジしたり、K-1のチャンピオンになったりと、多くのシーンが思い浮かびます。20年間、こうした格闘技会場の空間が私の日常でした。廊下を歩いたり、部屋に入ったりするだけで、「ここで、こんなことがあったなぁ」という記憶が昨日のことのように蘇ってきます。

サムネ

おお、ヴァンダレイ・シウバが入口で声をかけてきました。正直、ちょっと老けたな。アンドレ・ジダもいる。HIROYA君、もう28歳! 私の中では中学生のHIROYA君しかいないけど、魔娑斗みたいに育てられなかったのは、申し訳ないと思っています。

最近の若い選手はほとんど話したことはありませんが、こういう戦友たちとの再会は本当に実家にいるような安心感があります。私はほとんどの試合を3FにあるVIPルームで、亀田興毅君たちと見ていました。私がK-1プロデューサーだったら、興毅君に天心戦を持ちかけただろうなと思いつつ、隣の部屋にはパッキャオもいて、格闘技イベントに対する榊原(バラ)さんの器量の大きさ、これが俺たちの世界だなと思っていました。

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年末のメイウェザーは、バラさんでなかったら、最後まで成立させられなかったでしょう。もちろん、お金の問題もあります。しかし、それ以上にこの手の仕掛けにはトラブルはつきもの。大物ゆえに面倒な駆け引きがいっぱいあるんです。部外者からすれば、何でも好き勝手なことは言えますが、当事者は本当にしんどい。

大抵の素人はそこで投げ出したり、相手にやられちゃう。その修羅場を我々はいっぱい経験しているし、乗り越えてきたという自負があります。私もバラさんじゃなかったら、こんなホラ話のような話を振ったりしなかったでしょう。そのホラ話をホラ話にしない、世間が驚くようなことをやってやろうという血が、バラさんには流れているのをよく知っています。

メイウェザーの話は、メイウェザー自身も深くは考えていなかったでしょう。ボクサー以外の格闘家と3ラウンド闘って、数億稼げる。そんな程度にしか考えていなかったかもしれません。私たちはそういう風にメイウェザーにサインをさせ、記者会見を開いた。ところが、これがメイウェザー自身の想像を遥かに超える反響が世界で起こってしまったのです。

これは猪木さんと同じモハメッド・アリもそうだったに違いありません。アリも気がついたら、とんでもないことに巻き込まれてしまったという思いだったに違いありません。

メイウェザーがアメリカに帰国すると、その反響の大きさに本人も驚いたのです。

「おまえ、日本で何をするつもりなんだ」

「まさかMMAやキックの試合をするんじゃないだろうな」

「勝手にボクシングに復帰するつもりなのか?」

そんなことを連日言われるようになったのです。私もバラさんもそうなるだろうという予測はついていたので、契約書にサインをさせ、記者会見を開いたのは確信犯とも言えます。これを機に、メイウェザーが日本で「格闘技」の試合をやるんじゃないかと思わせ、あわよくば那須川天心に本当に何発か蹴らせてもらおうとすら考えたのです。

でも、メイウェザーを守ろうとするボクシング界はそんなに甘くない。特に大物プロモーターのアル・ヘイモンの逆鱗に触れ、メイウェザーが急にバックギアを踏み始めたのです。急にモチベーションが下がり、「出るの出ないの」と言い始めたのは、本人もそこまで話が大きくなるとは思っていなかったからです。

でも、最初に会った時から、私はメイウェザーは絶対にリングに上がる男だと確信していました。その一点を信じて、RIZINとメイウェザーのチキンレースとも呼ぶべき駆け引きが続いたのです。メイウェザーを絶対に逃がさない。かといって、お金を余分には取られない。そんな攻防が、本当にクリスマスまで続きました。とても巌流島どころの話ではありません。

バラさんじゃなかったら、お金だけ取られて泥沼の裁判となり、RIZINの信用とブランドを下げたに違いありません。本当によくやりきったと思います。

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私たちはこういうスキャンダルを逆手にとって、大逆転する喜びを知っています。そうやって世間を騒がせることが大好きなプロデューサーとしての血が流れています。私も今回のメイウェザーは久々にそういう世界に引きずられて、懐かしい体験をさせていただきました。

私とバラさんとは色々ありましたが、心情的にはUFCONE FCのような外資にのみ込まれるよりも、日本人としてRIZINに頑張ってもらいたい思いもあります。

しかし、私自身がK-1プロデューサーでなくなった時、最初に決めたのはK-1のようなキックボクシングやMMAでもう一度、格闘技の世界で表に立とうということではありませんでした。

私は別の形で時代を作り、世界に勝負したいと考えたのです。それが「武道」というキーワードです。私はキックのイベントで自分がやってきたK-1ほどの人気を上回る復活ができる自信がありません。MMAでかつてのPRIDEに勝てるとも思えません。自分自身やりきったという思いもあります。

プロレスからUWFが誕生し、そこからK-1PRIDEが生まれた。今はそれを巨大なスポーツビジネスに展開したUFCの時代、それが平成の時代です。しかし、これから「令和」の時代となり、その次に来るのが「武術」「武道」ではないかと思うのです。

(続く)

5.11巌流島の大会情報はコチラ⇒ 『世界武術王決定戦 2019 in MAIHAMA