GANRYUJIMA BLOG巌流島ブログ

3・25巌流島で一番考えさせられたのは星風! あれは武術的には勝ち! 武道的には負け!

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niconico動画の『巌流島チャンネル』でほぼ毎日更新していた「ブロマガ」が、オフィシャルサイトでパワーアップして帰ってきました。これまでの連載陣=谷川貞治、山田英司、ターザン山本、田中正志、山口日昇に加え、安西伸一、クマクマンボ、柴田和則、菊野克紀、平直行、大成敦、そして本当にたまに岩倉豪と、多種多様な方々に声をかけていく予定です。ぜひ、ご期待ください!

6月3日(金)のブロマガ………お題「7・31巌流島で楽しみにしている試合」

文◎谷川貞治(巌流島イベントプロデューサー)

文◎谷川貞治(巌流島イベントプロデューサー)

 

巌流島というイベントは、始まる前には「どうなるんだろう?」「見てみたいな」とワクワクしてもらい、終わった後は「考えさせられる」イベントにしていきたいと考えています。特にこの「考えさせられる」という点は、とても重要。「どっちが勝った。はい、終わり」「あー、面白かった」みたいな従来の格闘技イベントにしたくないのです。

僕がプロレスや格闘技が好きになったのは、それが「考えさせられる」コンテンツだったからです。そういう部分で、井上義啓編集長やターザン山本編集長にも影響を受けたし、村松友視さんや梶原一騎が好きでした。「どっちが勝つか?」とか「どっちが強いか?」で終わらない世界が好きだったんですね。

3・25巌流島が終わった後も、ツィッター等のSNSですごく書き込みがありました。「見るほどに語りたくなる巌流島」にとって、これほど嬉しいことはありません。イベントは「結果」のインパクトも大事ですが、終わった後にどれだけ語れるかっていうことだと思っています。猪木プロレスやUWF、グレイシー、PRIDEがそうだったじゃないですか? K-1は「見た目のインパクトが強い」格闘技だったのですが、だからこそ僕は「極真」や「正道」を出すことによって、語る面白さを作ってきたのです。

星風

その意味で僕が3・25巌流島で一番考えさせられたのは、星風です。星風はいまどき珍しいほどのファイターで、ルールを破ってまでも勝とうとします。その闘いっぷりには多くの批判が寄せられましたが、一方で少数派ですが、あの気迫を買う人もいました。

結論から言うと、あの「星風vsボンギンコシ」戦は星風の反則負けです。そうした方が良かったかもしれません。しかし、それはあくまでもスポーツとしての話。スポーツはルールという規則で成り立っていますから、ルールを破る人間は競技者として失格です。しかし、あの時に星風を反則負けにしたら、観客の100%が納得したでしょうか?

「星風の反則負けっていうけど、ボンギンコシの方がやられてるじゃん」。

そう心の中で思っている人はいないでしょうか? レフェリーが反則負けにできなかったのは、その部分での躊躇があったからでしょう。そこが格闘技のややこしいところです。つまり、これはどういうことかというと、「武術」として捉えた場合、必ずしも星風は悪くないのです。「武術」は死なないで、身を守ることが大前提にあります。もし、相手が自分より遥かに大きくて強い場合、死なずに帰ってくるには「ルール」なんて言ってられません。星風はおそらく、ボンギンコシに勝つには自分の気迫しかないと思ったのでしょう。その気迫がリミットを越えて、暴走したのです。

それに対してボンギンコシは、ルールなしのズールー族最強の男と言われながら、実は気のいい優しい男でした。まさか、星風が反則してくるなんて思っていない感じ。本人にとっては、腕相撲をやるくらいの感覚だったに違いありません。その意味では、星風は見事に怪物の心を折り、精神的にも勝っています。武術的に見れば、これは星風の勝ちなのです。

写真2

有名なのは極真世界大会で行われた「アンディ・フグ vs フランシスコ・フィリォ」戦。この一戦は主審の「止め!」の合図の後に放ったフィリォのハイキックがアンディの顔面を襲い、アンディは失神KOしてしまいました。この時の大山倍達の裁定は「武道家たるもの、止めの合図があっても敵に背を向けてはいけない」と、フィリォの一本勝ちをとりました。スポーツでは、アンディの反則勝ちですが、武道ではフィリォの勝ちという裁定を下したのです。

この時、フィリォは決して故意に止めの後に蹴りを放ったわけではありません。だから、大山倍達は「武道家たるもの」と表現したのですが、星風の場合は違います。だから、僕は「武術的には勝っている」と言いましが、「武道家として」星風が勝ったとは言えないと思っています。大山倍達も、フィリォが武道家として勝ったと言っているのではなく、アンディが武道家として負けたと言っているのです。

武道家というのは、やはりルールがあってもなくても、美しい生き様を見せるものだと僕は思っているから。たとえボンギンコシのような怪物を相手にしても、正々堂々と自分の身を守り、美しく勝つ。その技量やメンタリティを、星風は残念ながら持ち合わせていなかった。そんな風に捉えています。

では今後星風をどうするかは、とても重要です。「あんなヤツ出すな」という意見もあるかもしれませんが、星風がどう成長していくかはとても興味があります。いや、もしかしたら、僕が言っていることは日本人としての解釈であって、モンゴルにはモンゴルの武士道があり、星風の暴走はモンゴル人にとっては正義なのかもしれないのです。異種格闘技戦という、流派が混ざり合い、さらに違う国同士が闘うというのは、そういうことなのです。もしかしたら、モンゴルには日本人と全く違う正義があったり、武士道があったりする。朝青龍や白鵬を見ていると、そんな気もします。だから、答えは分かりません。

巌流島では、そういうところにも光を当てて、考えさせたい。ミャンマーラウェイとか、喧嘩フットボールとか、ロシアの格闘技とか、理由があるから、それぞれの闘いがあると思うのです。巌流島はそういう流派を知ることで、日本人としての武道を考えさせる闘いの場にしたいのです。