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巌流島のエースが心境を激白! クンタップ戦、小見川戦、ジミー戦、レロ戦…… そして種市選手のこと、時代の中の巌流島の役割!

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お題………大好評! 9・2巌流島ADAUCHIの総括と裏側

 

 

文◎菊野克紀(空手家/総合格闘家)

文◎菊野克紀(空手家/総合格闘家)

 

「巌流島 ADAUCHI 2017 in MAIHAMA ~サムライたちの仇討ち(REVENGE)~」応援頂き有難うございました!!

2015年2月28日に開催された巌流島旗揚げ戦、最初の公開検証で初めてマーカス・レロ・アウレリオ選手を観た時は衝撃でした。

「修羅の門のカポエイラ使い、リカルド・マジーニョだ!」と1人で興奮してました。

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カポエイラ使いがカポエイラで勝つ。
まさに巌流島の異種格闘技というコンセプトを体現する選手。

巌流島旗揚げ前から谷川貞治さんには声をかけて頂いており、2014年の巌流島のルールを議論する格闘技復興委員会にも参加させて頂いてましたが、その時はまだUFCとの契約もあり、巌流島に出場するということは考えておりませんでした。

しかも階級も違うレロ選手と闘うなんて思ってもみませんでしたので、完全にファン目線で観ておりました。

2015年、UFCで3月と9月に無様な二連敗。
2016年3月いっぱいで11年間所属したアライアンスを離れ、心機一転チームKIKUNOで活動を開始した矢先にUFCから解雇されることになり、2016年6月にDEEP、そして7月に巌流島デビューでクンタップ戦という流れでした。

UFCでは勝敗に拘り過ぎるがゆえに、勝ちたい→負けたくない→攻めれないというループにはまってしまい、良いパフォーマンスを発揮できませんでした。

2015年末からメンタルコーチングを受けるようになり、自分自身の本当の想いに目を向け、「なりたい自分になる」ために真っ直ぐに動き出しました。

そこからは挑戦の連続です。

デビュー、トーナメント、リベンジ、無差別。

140kgのジミー・アンブリッツ選手との闘いは、僕から谷川さんに大きい相手と闘わせてくださいとお願いして実現しました。

試合は僕のスネの裂傷によるドクターストップで試合不成立になってしまいましたが、大きい相手に向かっていけたことで、僕の中での体重無差別の挑戦はクリアしました。

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もう僕から大きい相手とやらせてくれ、とお願いすることはないかもしれません。

逆に言えば、体重無差別が挑戦のテーマになるような特別なことではなくなったということです。

なので今回レロ選手と対戦する話を頂いた時に、体重のこと自体はそんなに問題ではありませんでした。

試合を選ぶ基準は僕とお客さんが面白いかどうか。それと僕が怖いかどうか。

そういう意味でレロ選手は最高の相手でした。

あのレロ選手と闘う。

カポエイラと闘う。

怖い!

でも面白い!

たぶんお客さんも面白い!

試合前日にレロ選手の身体を見た時はさらにビビりましたけどね(笑)。

レロ戦に向けて山城先生に戦略と課題を授けて頂き、チームKIKUNOでやり抜きました。

またカポエイラ・テンポに出稽古に行かせてもらい、カポエイラを肌で感じました。

さらにテコンドーに出稽古に行かせてもらい、速くて自在な蹴りの対策を練りました。

しっかり技と体を準備した上で、あとは心。

カポエイラに負けた選手達は圧力をかけられてペースを握られ負けている。

大きくて速いレロ選手に勇気を出して前に出てこそ、初めて五分の土俵に立てる。

大きくても、パワーがあっても適切な間合いを取れなければそれを活かすことは出来ない。

僕の間合いに入ることに集中しました。

途中、押し込まれた時に投げた沖縄拳法空手式の巴投げ(圧力を変えない投げ)でレロ選手が練習で傷めていた膝をまた痛めたようで、最終的にはレロ選手の自爆で勝つことが出来ました。

攻めてプレッシャーをかけた結果なので胸を張ってます。

試合直後に小見川先輩から仇討ちを申し込んで頂きました。

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前回のジャイロ選手との試合で、さらに巌流島での柔道の使い方を高めた小見川先輩、怖くて楽しみです。

何よりあんなに気持ちのいい人はいません。

大好きです。

最高の勝負、最高のコミュニケーションが出来ると思います。

笑顔で闘いに向かい、おそらく笑顔で終わる僕らの闘いを子ども達に見せたいです。

闘うこと、挑戦すること、全力を出し切ることは楽しいよと、そしてそれは強い相手がいてこそなんだよと伝えたい。

控室に戻る時に気になったのはやはり判定のこと。

ジミー選手との試合では僕が自爆してノーコンテスト、今回はレロ選手が自爆して僕の勝利、この違いが気になった。

ルールブックを見ると、勝敗を決する条件の一つが「審判団、及びリングドクターが試合続行不可能と判断した場合、セコンドがタオルを投入した場合、あるいは試合中に戦闘意思を失い自ら逃避など、試合を放棄する行為を行ったと審判団が判断した場合」

これに準ずれば、僕もレロ選手も負けになる。

無効試合(ノーコンテスト)の項目を見てみると「実行委員会もしくは審判団の判断により、試合不成立と判断された場合」とある。

これが適用された訳だ。

審判団の話によると、ドクターストップとレフリーストップの違いとのこと。

ジミー戦では僕は正直闘えた。

出血は多かったが、僕に痛みはなく、パフォーマンスを落とすことなく闘えたと思う。

もちろんドクターは選手を守るために止めてくれているので不満はない(傷口から見えた白い筋を骨と見間違えたミスはあったが)。

今回のレロ選手はレロ選手自身で闘うことをやめてレフリーストップ。
闘えない状態だった。

ジミー選手は一発も攻撃を出していなかったことや、開始1分だったことなどを総合的に判断してノーコンテストになったようです。

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ここらへんは谷川さんもまた審判団と話し合うとのことでした。

今後、こういうのを明文化するのか、臨機応変な対応にするのか。

巌流島は何を表現するかに重きを置き、競技競技していないのがいいところなので、あまり細かくしないほうがいいような気はしますが。

沖拳会の同期の種市の話。

谷川さんから誰か沖拳会で試合に出れる人はいないかと聞かれ、種市に声をかけました。

その時点で彼はヒザを傷めてました。

試合後に検査したら前十字靭帯が切れていたので、もしかしたらその時点で切れていたか、良くても部分断裂していたと思います。

でも彼は受けました。

山城先生に戦略と課題を授けられ、接骨院の院長の仕事をしっかり果たしつつ、ボロボロのヒザを引きずりながら、元ムエタイチャンピオンとのプロデビュー戦に向けて必死に生きてました。

試合の数日前に種市の母親が亡くなりました。

試合の日が葬式でした。

全てを背負って彼は巌流島の舞台に立ちました。

結果負けはしたものの、誰もが認めるベストバウトとMVPでした。

相手があってのことだし、役割の違いもあるけれど、僕は今回プロの仕事としてアマチュアだった彼に負けたわけです。

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僕を含めプロ選手は考えなきゃいけないですね。

競技として勝ちにいくのは当然大事。

種市も全力で勝ちにいった結果、あの試合になりました。

でも競技で勝てばいいのかといったらそれは違う。

高い技術レベルのものを見せて興奮するのは、それが凄いと解る人だけ。

見ていてワクワクドキドキするような、ハラハラするような、息を呑むような、絶叫するような、涙が出るような、笑顔になるような、人に見せたくなるような、

そんな心に響く試合をしていけば、お客さんが観にくる。

興行が儲かる。

ファイトマネーが増える。

格闘技界が夢のある舞台になる。

そんなプロ意識を持った上でいろんなタイプの選手がいれば、格闘技はもっともっと面白くなるはず。

さらに巌流島は「親が子どもに見せたい格闘技」を志す。

ゲンコツで叱られることもなくなり、取っ組み合いのケンカもなくなり、危ないところには近寄れなくなり、直接顔を合わせて話をするどころか電話すらせずSNSで会話する、こんな時代だからこそ、

痛み、恐怖、疲れという本能的なストレスと向き合いながら、全身全霊で魂と身体をぶつけ合う格闘技が果たす役割があると思うし、

その上で勇気を、感謝を、礼を、解りやすく伝える巌流島が社会に必要とされるものになっていけると信じています!

9・2巌流島のレポートはコチラ⇒
『ADAUCHI 2017 in MAIHAMA』