BLOMAGA巌流島ブロマガ

ムエタイには素手の正拳のDNAが脈々と伝えられている。そして沖縄空手にも。

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niconico動画の『巌流島チャンネル』でほぼ毎日更新していた「ブロマガ」が、オフィシャルサイトでパワーアップして帰ってきました。これまでの連載陣=谷川貞治、山田英司、ターザン山本、田中正志、山口日昇に加え、安西伸一、クマクマンボ、柴田和則、菊野克紀、平直行、大成敦、そして本当にたまに岩倉豪と、多種多様な方々に声をかけていく予定です。ぜひ、ご期待ください!

6月1日(水)のブロマガ………お題「7・31巌流島で楽しみにしている試合」

文◎山田英司(『BUDO-RA BOOKS』編集長)

文◎山田英司(『BUDO-RA BOOKS』編集長)

 

7・31で楽しみにしている試合というのがテーマだが、私としては個々の試合より、正拳突きという技術をテーマに試合全体を眺めたい、と思っている。

顔面パンチは実戦で有効な技の代表のように思われている。しかし、色々研究するとどうもそんな簡単なものではない、ということがわかってきた。

例えば喧嘩術の林悦道先生は、喧嘩でグーパンチを使うのは厳禁としているし、世界の軍や警察、特殊部隊に素手の戦闘法を指導するロー・コンバットのルーク・ホロウェイ先生も、初心者向けのCQC(近接格闘)では鉄槌、肘、頭突きしか使わせない。

なぜか? 素手のグーパンチ、すなわち正拳は、ボクシング的な打ち方をすると拳を壊しやすく、また、当てるのも難しい。要するに実際の素手の喧嘩では、あまり有効ではない。身を蓋もない言い方をすれば、実戦的ではないのだ。これは、私にとってもショックだった。

ならば、どうすれば、グーパンチが素手の戦いでも有効になるか、というテーマが次に出てくる。

私はFSA拳真舘の羽山館長と組み、バンテージや素手で戦う「ケイオス」という興行を開いたり、羽山館長に頼んで、素手、目つき、金的ありのFSAアブソリュートというルールでオープントーナメントを開いてもらったりした。

そして、ケイオスルールでも、アブソリュートルールでも、圧倒的に強いのが、ムエタイ戦士だということもわかった。ちなみに、わずか一回しか行われなかったアブソリュートルールだが、そのトーナメントで空手強豪を倒し、優勝したのが、今回、菊野選手と戦うクンタップ・チャンロイチャイ選手である。

クンタップ選手だけでなく、ムエタイ選手のパンチの打ち方はボクシングとは違う、ということは多くの人が気づいていた。しかし、なぜそんな変なフォームを彼らがするのか? その理由もようやく近年の研究でわかってきた。昔はタイでムエタイ選手がサンドバッグに打ち込む姿を見て奇妙に思ったものだ。彼らは皆、上下の打ち分けをしない。顔面パンチは全て中段の高さに打ちこむ。そして、ボクシングのように腰を入れず、むしろ、当たる瞬間に腰は逆回転させ、肩をロックしていたのだ。そのフォームを身につけるには、中段に打ち込むのが一番いいのである。

さて、空手をやっている人には、ここでピンと来るかもしれない。その答えを実践を通じて出したのが、素手で千人をKOした村井義治師範だ。村井師範はMAキック時代、天才と呼ばれ、KOの山を築き、竹山晴友に続くスター候補だったが所属ジムの脱退により、引退を余儀なくされ、要人警護の仕事をしながら、全ての戦いを素手で制した達人である。

その達人が出した結論では、素手ではボクシング式ではなく、沖縄空手のナイハンチの突き方が有効であったという。ここで言うナイハンチの突き方とは、腰を回し切らず、肩の肩甲骨を突き出し、当たる瞬間に腰を逆回転させ、肩をロックさせる突き方だ。なんと、その突きはムエタイの突きのフォームと同じではないか。いや、ムエタイがナイハンチ突きを行っていたと言うべきか。

伝統の知恵は私が悩んでいたテーマなどには、とっくに答えを出していたのである。ちなみに本土にナイハンチを伝えたのは、空手界の最強の達人と言われた本部朝基である。本部朝基は、実戦はナイハンチのみを練れば充分と語っていたことでも知られる。老年になってもボクサーとの他流試合に一撃で勝利したりし、その突きの実戦性を身体で証明し続けたという。

本部朝基によるナイハンチの正拳

本部朝基によるナイハンチの正拳

 

ムエタイも沖縄空手も、もとは素手の戦いを想定して技術が作られている。ムエタイも沖縄空手もいずれも中国南拳の一種であったものが地域性、民族性により、独自の発達をした。ムエタイはタイの地方に伝わる古式のムエが統一され、紐を巻いて戦うムエ・カチューアから近年グローブ着用のムエタイになった。しかし、そこには素手や紐を巻いて戦った時代の技術が脈々と伝えられていた。だからタイ選手はバンテージのみのラウェイルールでも、完全の素手でも顔面パンチを使うことはできる。前回の巌流島でのクンタップ選手の硬い正拳突きは、ムエタイの素手の記憶がDNAとして伝承されていた証拠であろう。

さて、そのクンタップ選手と戦う菊野克紀選手は極真空手からMMA、そして沖縄空手の突きを学ぶ、特異な選手だ。空手にもムエタイと同様、素手で戦うDNAは型に残されていたのだが、ムエタイと違い、顔面強打を避け、安全なルールで発達したため、そのDNAが忘れられつつあった。格闘競技のプロは通常、伝統の技術から学ぼうとしないことが多いが、菊野選手は現役時代から沖縄伝統の技術に着目し、その技術の検証を試合の場で行う特異な選手である。菊野選手には、本部朝基が伝えたナイハンチのDNAが間違いなく伝承されている。

その両者のDNAが巡り巡って、巌流島で邂逅する。素手の正拳というテーマから、菊野選手とクンタップ選手の試合は、単なる勝敗を競う以上の武術上の価値がある。私は両者の正拳突きに注目する。