GANRYUJIMA BLOG巌流島ブログ

「醍醐味と矛盾」は巌流島の宿命。そして人生における宿命である

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7月6日(水)のブロマガ………お題「異種格闘技戦の醍醐味と矛盾」

文◎柴田和則(巌流島・事務局 海外選手ブッキング担当)

文◎柴田和則(巌流島・事務局 海外選手ブッキング担当)

 

あれは2012年だったと思う。K-1が活動を停止し、潜伏期だった現・巌流島プロデューサーの谷川さんが「武術的な新しい格闘技イベントを作りたいんだよねぇ」と話してくれた。今のような巌流島の具体的な形などまだない、おぼろげなイメージのものであった。

スポーツとして確立されたK-1への情熱を失っていた(と僕は思う)谷川氏は、「なぜ格闘技なのか?」「そもそもなぜ闘うのか?」という本質的で原初的なテーマを何よりも渇望している様子だった。

もともとK-1もPRIDEもスポーツとしての成功を期して立ち上げられたものではない。日本人が命がけの闘いの中で創造してきた武術や武道といったものを追求した先に生まれた現代のクリエイションであった。

それは例にもれず、一般化したK-1やMMAの脳になっていた当時の僕にとっても理解しがたいものであった。なぜといって当時の谷川さんは、「武術にはルールなどない。そうなると“金的”こそまさに一撃必殺の最強技!」と、“金的世界一”を標榜した武術トーナメントの開催をぶち上げたのだ(ぶち上げたといってもごく一部の周囲の人間に対してだが)。

このイベントを実現することで、人々は格闘技の本来の存在意義を再認識するというのである。これは衝撃であった。谷川氏の構想に共鳴したからではない。「谷川貞治、いよいよ耄碌す!」と思ったからである。今でさえ巌流島の構想や理念は理解されないことが多いのだ。2012年当時の僕にとっては、これらの主張はまったく理解の範囲を超えていた。

2012年頃、潜伏期にあった谷川貞治氏が新構想の実現に向け、願掛けで作成した水墨画。お題「愛犬」(作・谷川貞治)

2012年頃、潜伏期にあった谷川貞治氏が新構想の実現に向け、願掛けで作成した水墨画。お題「愛犬」(作・谷川貞治)

 

事実、ファンとの初期のネット議論でも谷川氏は、ルールに“金的あり”を採用することを強硬に主張していた。現実的に考えて無理がある金的ルールの提案は徐々に忘れ去られていくわけだが、これが谷川氏一流の問題提起の投げかけだったのか、ただただ本気で“金的トーナメント”を見たがっていたのか、今では知るよしもない。

いずれにせよ格闘技を“勝った負けた”ではなく、“殺した死んだ”転じて“どう生きるか”という人間の哲学的な高みにまで持っていこうというのが、谷川氏の狙いであった。徐々にだが僕もその構想の深み、面白みに取り憑かれていった。

武術から問題提起を促し、その先にある『武道』という“生き方”や“美しさ”に到達する。7.31巌流島・有明大会のキャッチコピーになっている「格闘技が進化したら武道になった」「美しい闘いがサムライの流儀」というテーマは、たまたまではなく確固たる信念によって生まれるべくして生まれたフレーズである。

希代のプロデューサー谷川貞治には、2012年の時点でそこまで緻密に計算できていたような気もするし、「ああ、そうか。なるほどなぁ〜」「んあ〜」とやっていたら、ここに流れ着いたような気もする。まぁ、いずれにせよ、それらはなるべくしてなった必然である。

サムライという日本文化の結晶たる「武術・武道」に端を発した構想が、ファンや選手、関係者、ネットとの相互作用のなかで、現在の『巌流島』へと進化してきた。巌流島の醍醐味は、なんといってもこの成長する物語の道程である。

これまでも、そしてこれからも、巌流島は「醍醐味と矛盾」を抱え続けていくだろう。人間がその人生において「醍醐味と矛盾」を抱え続けていくように。

それにしても、一部ネット上で囁かれている「谷川貞治が元・新日本プロレスのヒロ斉藤に巌流島参戦をオファーした」という噂は本当なのだろうか? 計算高い谷川さんがそんなことをするはずがないとも思うし、何にも考えずに気軽に声をかけていそうな気もする。たしかにヒロ斉藤のプロレス界における立ち居振る舞いを思えば、これぞ武道といえないこともないが……。

そんなわけで巌流島がこの先どうなるかは、容易には計りがたい。でもまぁ、それが人生ってものじゃないか。ねぇ?